引かれ者の小唄

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155 いじめの構図 -4

その4) 「情願をしたいので、情願用紙の支給をお願いします。」  私は、無表情な顔をして機械的に供述調書を作成している処遇主任に対して申し出た。 情願(じょうがん)。憲法で定められている、国民に認められた権利の一つである請願(せいがん)のことである。 日本国憲法第16条は次のように記す。「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利 […]

154 いじめの構図 -3

****その3) それからが大変であった。私が本を床にたたきつけるのを見届けた看守は、一声「反抗だ!」と、叫んで、管理棟にかけ込んだ。ほどなく3人の看守を引き連れて現われ、ドアの鍵をガチャガチャッと開け、私を独房から有無を言わさず引きずり出した。 私は管理棟へ連れていかれ、反抗的態度をとったことについて4人の看守から代わる代わる叱責された。つるし上げを食ったのである。30分程大声で責め立てられてい […]

153 いじめの構図 -2

****その2) その後も、いじめとしか考えられない仕打ちが次から次へと続いた。慣れとはおそろしいもので、次第にいじめが苦にならなくなってきた。自らの意外な順応性を発見した思いであった。 それでも、官のなすがままに放ってはおけないことがあった。9割方はどうでもいいことであったが、残りの1割程にひっかかった。裁判の準備に支障を及ぼすことがらと私の健康に関することがら、それに明らかに違法なことがらであ […]

152 いじめの構図 -1

***10.いじめの構図 ****その1) このところ、いじめ問題がにぎやかなことである。多くの子供達が、いじめられたことを苦にして自ら死を選んでいる。中には自殺の予告を文部科学大臣とか教育委員会に手紙で訴えたりする者もいる。 いじめは、子供社会だけのものではない。陰湿な村八分、組織内におけるパワハラ(パワー・ハラスメント。立場の上の者が下の者に対していじわるをすること)など、昔からあったことで、 […]

151 おぞいもん -3

****その3) 奇策とは何か。それはまさに、事実は小説よりも奇なりを、地でいくものであった。 税を滞納している藤原清廉は、大蔵省の役人で、従五位下の位を授けられている(叙爵)ことから大蔵の大夫(たいふ)と呼ばれていた。ところがこの人物、極端な猫こわがりであることが世間ではよく知られており、“猫恐の大夫(ねこおじのたいふ)”なる別名を奉られていた。 物語作者は、取り澄まし顔で次のように述べている、 […]

150 おぞいもん -2

****その2) 出雲弁の「おぞいもん」は、「おぞい」+「もん」である。「もん」というのは、「もの」の音便だ。若いもん(若い者)、うまいもん(うまいもの)、甘いもん(甘いもの)、などと使われており、出雲弁特有のものではない。 「おぞい」はどうか。我が家で一番大きな国語辞典(日本国語大辞典、小学館刊)で調べてみたところ、『おぞ・い(悍)』と出ており、2つ目の意味合いとして、恐ろしい、こわいとあった。 […]

149 おぞいもん -1

***9.おぞいもん ****その1) 出雲方言で、「おぞい」あるいは「おぞいもん」という。「恐ろしい、こわい」、「恐ろしいもの、こわいもの」という意味の言葉である。 小さい頃から出雲弁が身体にしみついている私には、標準語で恐ろしいとか怖いとか言われてもどうもピンとこない。怖いという思いが生じてこないのである。「おぞい」と言われてはじめて鳥肌が立ってくる。 私にも人並にいくつか、「おぞいもん」が存 […]

148 松尾芭蕉と夢紀行 -その5

****5)その5 私はこれまで、主に岩波文庫本によって「おくのほそ道」に親しんできた。跋文の末尾に「元禄七年初夏 素竜書」とある、いわゆる素竜清書本を底本としたものだ。 これは、能書家である柏木素竜が芭蕉の依頼を受けて浄書したもので、芭蕉自身、その後の旅行中にも携行していたといわれている。芭蕉自筆草稿が世に現われるまでは、最も信頼すべき原本とされてきたものである。 書写を終えてから、改めて芭蕉自 […]

147 松尾芭蕉と夢紀行 -その4

****4)その4 舞台は一転、平安の初期にタイムスリップする。元禄の世から遡ること900年、都は奈良の地から長岡へと遷されたばかりである。 東北の守り、多賀城は宝亀11年(780年)、蝦夷(えみし)によって焼き打ちされ、灰燼に帰したものの、いちはやく再建され、再び豪壮な姿を誇っていた。 時は延暦4年(785年)、人麻呂と並ぶ万葉の歌人大伴家持が、この多賀城で波乱に満ちた68年の生涯を終えようとし […]

146 松尾芭蕉と夢紀行 -その3

****3)その3 私達三人は、多賀城跡にたたずんでいる。芭蕉、曽良、私の三人である。 松尾芭蕉46歳、私より17歳も若い。現代の奇才、三島由紀夫が自ら命を絶ったのが45歳のときだ。年に不足はない。 河合曽良41歳。芭蕉の忠実な弟子として、師に影のように従っている。ともに、剃髪染衣(ていはつぜんえ)である。 三人とも一言も発しない。無言である。目の前には苔むした一つの石碑がある。石碑に顔をつけるよ […]

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