151 おぞいもん -3

****その3)

奇策とは何か。それはまさに、事実は小説よりも奇なりを、地でいくものであった。

税を滞納している藤原清廉は、大蔵省の役人で、従五位下の位を授けられている(叙爵)ことから大蔵の大夫(たいふ)と呼ばれていた。ところがこの人物、極端な猫こわがりであることが世間ではよく知られており、“猫恐の大夫(ねこおじのたいふ)”なる別名を奉られていた。

物語作者は、取り澄まし顔で次のように述べている、-

“前世に鼠にてや有けむ、いみじく猫になむ恐(おじ)ける。しかれば、この清廉が行き至る所々には、若き男共の勇(いさみ)たるは、清廉を見つけつれば猫を取出(とりいで)て見すれば、清廉、猫だに見つれば、いみじき大切の要事(ようじ)にて行たる所なれども、顔を塞(ふさぎ)て逃て去(さり)ぬ。しかれば、世の人、この清廉をば猫恐(ねこおじ)の大夫とぞ付たる。”

話の冒頭にあるこのくだりは、何回読んでもおかしくて、吹き出してしまう。いたずら好きの若者たちが、懐に隠し持っていた猫をこの人物の前で何気なく取り出して見せ、清廉が真っ青になって震え上がり、逃げまどうのを眺めては楽しんでいたというのである。加えて、「前世(ぜんぜ)に鼠にてや有けむ」と、とぼけたコメントをボソッと漏らすなど、この作者なかなかの者である。
私は、「たけしのTVタックル」が好きで、毎回欠かすことなく見ることにしている。各界の論客が、何だか訳の分らないことを、顔を真っ赤にして喚き散らすのを横目に見ながら、北野たけし氏が時折すっとぼけた言葉を一言二言発して場の雰囲気を一変させるのは、まさに名人芸とでも言うべきもので、絶妙である。阿川佐和子さんの猛獣使いのような軽妙な手綱さばきと共に、この番組に魅せられている所以(ゆえん)である。

さて猫恐の大夫である。
大和の国の国司である藤原輔公は、自分の任期中になんとしても清廉が滞納している税を取り立てようと決意。彼が思いついたのは猫であった。猫を利用して清廉を脅しあげ、ウムを言わさず強引に完納させようというのである。
話し合いのために国庁にやってきた清廉、宿直壺屋(とのいのつぼや)に通される。宿直用の部屋で、周囲が壁で完全に囲まれている。
部屋の奥には国司が一人で待ち構えていた。国庁のあるじ、清廉の顔を見るや大真面目に、

“今日、輔公(すけきみ)、主(ぬし)に会て只死なむと思ふ也。更に命不惜(おしか)らず。”

と言い放ち、部下に命じて、かねて用意していた猫を六匹、部屋の中に入れさせた。

“灰気斑(はいけまだら)なる猫の長(たけ)一尺あまりばかりなるが、眼は赤くて琥珀(こはく)を磨き入れたる様にて、大音を放ちて鳴く。只同じ様なる猫五つ、次(つづ)きて入る。”

たくましい大猫が六匹も、ニャーオ、ニャーオと大声をあげて入ってきては、閉め切った部屋の中を走りまわり、清廉の袖を聞(か)いだりしている。猫恐の大夫はパニック状態になった。

“清廉、目より大(おおき)なる涙を落して、守(かみ)にむかいて手を摺(すり)て迷(まど)ふ。”

清廉を十分に脅しあげた大和守は、頃合いを見計らって部下に壺屋から猫を引き出させ、外の柱に縄でつながせた。猫共の合唱は更に大声になっていく。清廉は顔面蒼白、冷や汗を流して目をパチパチさせて、“生きたるにも非(あら)ぬ気色”であった。
大和守は、強談判に入っていく。滞納している税を納めるか、納めないのか。納めるつもりがないのであればそれでも結構、もう一度猫どもを部屋の中に放ち入れるまでのこと。自分まで運命を共にしようとは思わないから、私は部屋を出ていく。入口に錠をするので思う存分六匹の猫と遊ぶがよい。
思いがけない奇策を仕掛けられた清廉は、

“只我が君、我が君、しからば、清廉はしばらくも生きては候ひなむ也”

と、泣きを入れて全面降伏、滞納分を完納したというのである。ものごとに見切りをつけて観念することを、「年貢の納め時」というが、文字通りのエピソードである。
脅しのやり方はともかくとして、1000年前のみつぎとりの姿が、現代のみつぎとりである税務署員とぴったりと重なるようである。

<付記>
“今昔物語集、本朝部(中)岩波文庫”P.288~P.294の「大蔵の大夫藤原清廉、猫を怖ぢたる語 第三十一」から引用。この話は、杉本苑子さんが若い人達向けに書き下した「今昔物語集」(少年少女文学館、講談社)の中に、「猫おじの大夫」として紹介されている。当代随一の歴史小説作家の手になる、自由闊達な現代語訳は見事である。

 

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