山根治blog

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今、何故 ハニックス工業か?-⑥

  中村寿夫弁護士は、令和2年2月27日付の陳述書(「今、何故 ハニックス工業か?-⑤」)の5ペ-ジにおいて、 『被告(山根治のこと)が命名したいわゆる山根定理の概要は以下のようなものです。』 と陳述し、以下のようにまとめている。 『①適法に税額が確定するためには、修正申告又は税務署長の更正決定が必要であり、それ以外に税額を確定させる方法は存在しない。税務署長が納税者に修正申告を勧奨したり、更正決 […]

今、何故 ハニックス工業か?-⑤

私の脱税事件(「冤罪を創る人々」参照)の判決について、これまでに3つ誤りを指摘してきた。  4つ目の誤りは、判決書を書いた裁判官が課税所得金額、法人税額、逋脱額を算定していることである。これらの金額を算定し、確定する権限を有するのは、本件に関しては益田税務署長だけである。裁判官にはその権限が与えられていない。与えられていない職務権限を行使した裁判官は、国家公務員としての越権行為を行ったことになる。 […]

今、何故 ハニックス工業か?-④

脱税裁判(「冤罪を創る人々」参照)で、第一審の裁判官が、原則無罪としながら、脱税金額とされた中から一部だけ拾い出して有罪と認定し、私に対して懲役刑、組合に対して罰金刑を言い渡した。これが、控訴審でも上告審でも覆ることはなかった。 各刑事裁判の判決日と、国税不服審判所の裁決日とを時系列で示せば次の通りとなる。 +第一審判決日      平成11年5月13日 +第二審判決日      平成13年6月1 […]

今、何故 ハニックス工業か?-③

私と多くの関係者が、公正証書原本不実記載同行使罪の嫌疑で逮捕されたのが平成8年1月26日。別件逮捕である。 ハニックス工業の事件とは異なり、どんなに脅されても誰一人として本件である脱税事件については、脱税の事実を認めなかった。頑として修正申告は応じなかったのである。 本件である脱税事件で松江地検に逮捕されたのが平成8年2月16日。松江地検が起訴をしたのが、平成8年3月7日。 課税権者である益田税務 […]

今、何故 ハニックス工業か?-②

昨年(令和元年)の10月29日に、ハニックス工業の関係者と名乗る人物から電話があった。山根治ブログのハニックス関連の記事(「冤罪を創る人々」7)ある社長の自殺、「ハニックス工業 事件の真相1~6」)を読んだ上での電話である。 「山根さんが知らないことを教えてあげる」 として話してくださったことの一つは、 「広川昌社長が東京国税局のロビ-で自決する直前に、自分のところに来て、“長い間お世話になりまし […]

今、何故 ハニックス工業か?-①

このところ、山根治ブログのアクセスに異変が起きている。16年前(平成16年)と15年前(平成17年)に書いたハニックス工業倒産に絡む記事が、何故か、アクセス数の上位を占めている。 今から27年前の平成5年5月、店頭登録銘柄であったハニックス工業が、東京国税局による査察(以下、マルサ)告発の3日後にあっけなく倒産した。平成5年12月に、ハニックス工業の広川昌社長が東京国税局に赴(おもむ)き、恨みの遺 […]

中江滋樹氏からのダイイング・メッセ-ジ-⑱-見えてきた裏の構図-(9)

藤原肇さんから電話があった。令和2年7月25日、私との会話が堤康次郎の書生のような存在であった中島忠三郎が終戦時の上海総領事(勅任)であったことに及んだ時、藤原肇さんの口から山下元利の名前が飛び出した。 「大蔵官僚であった山下元利が、堤康次郎の相続についての相談にのり、相続税の支払を極力おさえるカラクリに一役買ったこと、佐藤肇(『昭和陸軍“阿片謀略”の大罪 天保銭組はいかに企画・実行したか』の著者 […]

中江滋樹氏からのダイイング・メッセ-ジ-⑰-見えてきた裏の構図-(8)

生前の中江滋樹氏とは、多くの時間を費やして二人きりで話し合っただけでなく、数多くの手紙のやりとりをしている。 ここに中江滋樹氏からの最後の私信を公表する。本稿の末尾に掲載したのがそれである。 この私信は郵送されたものではない。二人にとっての想い出の場所、赤坂の土佐料理店・祢保希(ねぼけ)において食事をしながら手渡されたものだ。近くには、中江滋樹氏が半玉の宗千代さんと一時期暮らしていたマンションの瀟 […]

中江滋樹氏からのダイイング・メッセ-ジ-⑯-見えてきた裏の構図-(7)

令和2年7月11日、藤原肇さんと40分ほど電話で話し合った。16年間、2人で話し合ってきたことがようやく一つの結論に到達したようである。ガイア・ドクタ-としての藤原肇さんと、ビジネス・ドクタ-としての山根治が、互いの認識論をぶつけあった結果、一つの歴史論が完成したようである。 前回(「中江滋樹氏からのダイイング・メッセ-ジ-⑮-見えてきた裏の構図-(6)」)、早稲田大学を「寝わざ師」の大学とし、早 […]

中江滋樹氏からのダイイング・メッセ-ジ-⑮-見えてきた裏の構図-(6)

(1)令和2年7月4日、海外にいる藤原肇さんから電話があった。私のブログ記事(「中江滋樹氏からのダイイング・メッセ-ジ-⑬-見えてきた裏の構図-(4)」)を読んだ藤原肇さんの読者から連絡があったという。岡本秀樹の評伝「ロレンスになれなかった男-空手でアラブを制した岡本秀樹の生涯」が出版されたことを知らせるものであった。  ODA政府資金のフィクサ-であった岡本秀樹や三宅和助、渡部恒三の実像の一端を […]

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