2013年6月

日本神話のヘンシン-1

 日本の神話は、太古の昔から語り継がれてきたものであり、それをもとにして組み立てられている神道(しんとう)は、神ながらの道であるとされ、日本民族にとって万古不易(ばんこふえき。いつまでもかわらないこと-広辞苑)のものとされてきた。本当にそうであろうか。  日本神話、歴史の時間軸で見てみると、万古不易どころではない。その時々の社会情勢に応じて、自由に変化している。変幻自在である。鵼(ぬえ)のようなも […]

出雲国風土記についてのメモ

***1.勘造日  天平5年(733年)2月30日勘造(かむがえつくる)。 ***2.勘造責任者:出雲臣広嶋  出雲臣:天穂日命十二世孫、鵜濡淳命之後也(新撰姓氏録、右京神別上)として、神戸臣と同様に天孫とされている。  しかし、記紀は、天穂日命は高皇産霊尊の命を奉じて、葦原中国に降りながら、大己貴神に「媚附」(記)、あるいは「侫媚」(紀)して三年も報告を怠ったと伝える。出雲氏側の所伝においても、 […]

かごめの歌-補足

※「かごめかごめ」の童謡の補足。  江戸時代の終り頃から明治時代の初めにかけて、出雲国杵築(きづき。大社町のこと)に2つの歌人結社があったという。鶴山社中と亀山社中である。前者は千家国造が、後者は北島国造が主宰する結社であった。  まず、「鶴山社中」。『「社中」とは地域を中心とした同門の集まりをいい、ここでは千家国造館の裏山の名(鶴山)に因む命名で、歌人結社である。この主宰者は千家尊孫(たかひこ。 […]

古代出雲のパワー・ストーン

 松江大橋の南詰に、丸みを帯びた細長い石が置かれている。もともと、松江の大庭(おほば。大神を斎(いつ)きまつる場所。松江市大庭町)にあったもので、古代出雲王国の祭祀に用いられていたものと伝えられている。重くて堅く、叩けば金属的な響きをもっているとされているところから、鐘のような役割を果していたらしい。  明治時代に松江を訪れ居を構えたラフカディオ・ハーンは、「知られざる日本の面影」の中で“叩くと鐘 […]