冤罪を創る人々vol.64

2005年05月31日 第64号 発行部数:384部

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「冤罪を創る人々」-国家暴力の現場から-

日本一の脱税事件で逮捕起訴された公認会計士の闘いの実録。
マルサと検察が行なった捏造の実態を明らかにする。
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山根治(やまね・おさむ)  昭和17年(1942年)7月 生まれ
株式会社フォレスト・コンサルタンツ 主任コンサルタント
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●(第五章)勾留の日々

「5.安部譲二との出会い」より続く
http://www.mz-style.com/item/307

6.クサイ飯の実態

一、 俗に、ムショ(刑務所)の飯のことをクサイ飯といい、投獄さ
れることをクサイ飯を食うという。
私が入っていたのは、松江刑務所拘置監で、刑務所ではない。た
だ、看守長から聞いたところでは、私のような未決囚も、受刑者と
同じものを食べているということであるから、私も、ムショのメシ
を食べたといっていいであろう。

二、 私は、291日の間勾留されていたのであるから、このムショ
のメシなるものを、都合、872回食べたことになる。

三、 主食は、米7割、麦3割の麦メシ。一週間に一度、土曜日には
一食だけコッペパン。時おり、うどん、そば、ラーメン、そうめん、
スパゲッティとなる。
一言でいえば、メシがうまい。クサイ飯どころか、うまいのであ
る。普段、わが家で食べているメシに決してひけをとらない。コッ
ペパンにも感心した。小学生の頃給食で食べたコッペパンとは似て
非なるものであった。これまたうまかった。
ただ、うどん、そば等のメン類はいただけなかった。コシが伸び
切っていて、メン同士が団結をし、糊状に結束していた。ゆでてか
らどれ位経ったら、あのような状態になるであろうか。

四、 副食もなかなかバラエティに富んだものであった。栄養バラン
スも行き届いていた。
大学時代、私は5年間寮生活をしている。日本が高度経済成長に
入る前であり、日本全体が貧しく、私達寮生も、一部の者を除いて、
つつましい生活を送っていた。
寮食と呼んでいた寮の給食にも、私は十分満足していたのである
が、この寮食と比較しても、ムショの食事は格段にうまいし、良質
であった。
ただ難点が一つだけあった。ゆっくり食べることができないので
ある。10分か15分位で、空下げが始まり、房内から引き上げら
れてしまうのである。

五、 ご飯入れと汁入れは、ポリプロピレン製であり、それぞれ、上
の径15cm、下の径10cm、高さ8cm、及び直径15cm、高さ6cm
の椀であった。副食は、ポリプロピレン製の平らな丸い皿に盛って
あった。
朝昼晩と、それぞれ7時15分、11時50分、16時30分、
検視窓を通して差し入れられた。休日は起床が7時30分と平日よ
り30分遅くなる関係で、休日の朝食は7時45分であった。給仕
は、衛生夫と呼ばれる受刑者が、看守の監視の下に行っていた。衛
生夫は、看守のことを「センセイ」と呼んでいたのが印象に残って
いる。

六、 私は、ノートに食事の内容を具体的に記録した。
けんちん汁(鶏肉、大根、豆腐、油揚げ、キャベツ、にんじん入)、
酢の物(ほうれん草、もやし、きゅうり、クラゲ)、冷奴(7cm×
4cmのもめん豆腐、大きなネギのブッタキリとカツオぶしがかけて
あり、ドンブリに薄味のダシ汁あるいは醤油がザブッとかけてある
感じ)、ハムの鉄板焼(直径9cm、厚さ7mm位のハム2枚、一枚食
べて一枚残す) ― というように、ほゞ毎食記録に残したのである。
ところが、これもノート検査にひっかかり、抹消までは要求され
なかったものの、今後は余り詳しく記録しないように看守から注意
を受けた。
しかし、一週間位自粛してはいたが、書きたい気持やみがたく、
再び記録を始めた。このため、以前にも増して詳しい記録が残るこ
ととなった。

七、 平成8年6月12日、平成8年度の嗜好調査票が配布された。
今後の給食の参考にする為に実施する旨が記されていた。
主なメニュー80種余りが記されており、この中から、好きなも
の3つ、嫌いなもの3つを選んで、それぞれ○と×の印をつけるよ
うに指示されていた。
私は、オムレツ、魚のみそ煮、カレーの3つに○印をつけ、×印
はないと回答した。
ちなみに、青魚のみそ煮は絶品であったし、カレーは、一流のカ
レー専門店並のものであり、オムレツに至っては、東京の一流ホテ
ルの朝のバイキングで目の前でシェフがつくってくれるオムレツを
しのぐものであった。
以下、主なメニュー80種余りを列挙する。

(続きはWebサイトにて)
http://www.mz-style.com/item/310

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●山根治blog (※山根治が日々考えること)
http://consul.mz-style.com/catid/21

「ホリエモンの錬金術 -11」より続く
http://www.mz-style.com/item/308

・ホリエモンの錬金術 -12

その“1枚”とは何か。

堀江さんは、上場から2ヶ月余りの後の平成12年6月16日に、
関東財務局長宛に「大量保有報告書」を提出しています。証取法第
27条の23第1項に基づくものです。
この報告書は、備え付けの用紙に手書きされており、A4版で3
枚から成っています。署名は相当クセのある字ですので、堀江さん
の自筆でしょう。資料Hに掲げたのがその3枚です。

ホリエモンの錬金術 -12 資料H
http://www.mz-style.com/item/311#h

私が注目したのは、3枚のうちの最後の1枚でした。そこには、
堀江さんが保有している株式7,920株の取得資金の内訳と借入
金の内訳とが明らかにされています。
取得資金は296,000千円とされ、内訳は、自己資金
29,000千円、借入金240,000千円となっていて、株式
公開情報の記載と大きく矛盾するものではありません。

つまり、

1.平成11年11月4日、現在の所有株式は580株で、一株5万
円で取得していますので、その取得資金が29,000千円という
ことでしょう。ただ、この29,000千円全てを自己資金として
いるのは疑問ですね。上場前には個人のキャッシュはほとんどなかっ
たはずです。

2.平成11年11月5日、有馬晶子さんから一株300万円で120
株購入、その購入資金は3億6千万円。この資金はどこかから借り
たのでしょう。

3.平成11年12月17日、大和証券SBCM株式会社へ30株、
株式会社光通信パートナーズへ10株、それぞれ一株300万円で
譲渡、その譲渡代金は1億2千万円。

4.3.の譲渡代金1億2千万円を2.の借入金3億6千万円の返済
に充てたものとすれば、借入金の残高は2億4千万円となります。

このように、29,000千円全額を自己資金で賄ったとしてい
るのに疑問が残りますが、借入金2億4千万円については金額的に
はツジツマが合います。
ところが、この2億4千万円の借入金の内訳を見るに及んで、びっ
くりしてしまいました。目を疑いましたね。
ナント、有馬純一郎さんから借りたというのです。これはまた一
体どういうことでしょうか。

私は、この“1枚”に出会うまでは、有馬晶子さんからの株式買
取に要した3億6千万円は、てっきり株式会社光通信あたりから借
りたものとばかり思っていました。
また、堀江さんは、本の中ではこの買取資金を5億円であるとし
て、銀行から短期借入として個人で借りたと言っていますが、冗談
でしょう。
5億円の借入金は、上場後に返済する約束であったと、まことし
やかに述べているのですが、上場を準備していたとはいえ、まとも
な利益を出していない設立後いまだ日の浅い会社の社長に、5億円
を融資する銀行があるでしょうか。個人資産もゼロに近い状態どこ
ろか、自己資金として報告した株式の取得資金29,000千円の

ほとんどは、有馬純一郎さんから借りたものですので、個人資産は
マイナスの状態であった堀江さんに対して、通常の銀行であるなら
ば5億円はおろか、1千万円でさえ貸すことはなかったでしょう。
現在の銀行の融資システムの上ではまず不可能だからです。

仮に百歩譲って、真実、堀江さんに対して銀行が5億円の短期融
資に応じていた場合を想定してみましょう。
本の中で、堀江さんは、

“その翌年、東証マザーズへの上場は成功したけれども、売るタイミ
ングがなかなかなくて返済はすぐにはできず、銀行に一度は繰り延
べしてもらった。でもその後は、きちんと返済し、借金はなくなっ
ている。”
(前掲書、P.120)

と言っています。ジョーダンが次第にエスカレートしてきました。
銀行の短期貸付は、一年以内に返済する約定のもので、通常は長
くとも半年で切り替えするケースが多いものです。
堀江さんは、“一度は繰り延べしてもらった”と言っていますの
で、通常であれば、その返済期限は、平成12年内となります。ど
んなに長くとも平成13年12月末を超えることはないでしょう。
堀江さんは、自分の持株を売って5億円の返済をしたと言っている
のですが、この期間(平成12年4月~平成13年12月末)にそ
れに相当する株式の売却収入はありません。彼が6億円余りの売却
収入を手にするのは、上場から2年4ヶ月が経過した平成14年8
月のことなのです(「ホリエモンの錬金術 -6」資料A参照のこ
と)。

ホリエモンの錬金術 -6 資料A
http://www.mz-style.com/item/291

つまり、5億円を返済したと言っている時期に、返済財源が存在
しない訳で、彼が本の中で“上場後に返済した”と言っていること
も事実でないことが判ります。

(続きはWebサイトにて)
http://www.mz-style.com/item/311

 

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