「福沢諭吉の正体」-補足4-徴兵告諭

 明治5年(1872)、明治維新政府は徴兵令詔書(「福沢諭吉の正体」-補足3参照)と同時に、次のような徴兵告諭を発して国民皆兵の兵制(徴兵制度)の方針を打ち出した。

「我ガ朝上古ノ制、海内(かいだい)挙(あげ)テ兵ナラサルハナシ。有事ノ日、天子之(こ)レガ元帥トナリ、丁壮(ていそう)兵役ニ堪(た)ユル者ヲ募(つの)リ、以(もっ)テ不服(ふくさざる)ヲ征ス。
 役(えき)ヲ解キ家ニ帰レハ、農タリ工(こう)タリ又(また)商賈(しょうこ)タリ。固(もと)ヨリ後世雙刀(そうとう)ヲ帯(お)ヒ武士ト称シ、抗顔(こうがん。人もなげにふるまうこと。傍若無人。-広辞苑)坐食(ざしょく)シ、甚(はなはだ)シキニ至リテハ、人ヲ殺シ、官其ノ罪ヲ問ハサル者ノ如(ごと)キニ非(あら)ス。

 

 抑(そもそも)、神武天皇、珍彦(うずひこ)ヲ以(もっ)テ葛城ノ国造(くにのみやつこ)トナセシヨリ爾後(じご)軍団ヲ設ケ、衛士(えじ)防人(さきもり)ノ制ヲ定メ、神亀天平ノ際ニ至リ六府ニ鎮ヲ設ケ、始(はじめ)テ備(そなう)ル。保元平治以後、朝綱(ちょうこう)頽弛(たいし)、兵権終(つい)ニ武門ノ手ニ墜(お)チ、国ハ封建ノ勢ヲ為(な)シ、人ハ兵農ノ別ヲ為(な)ス。降(くだり)テ、後世ニ至リ名分全ク泯没(びんぼつ)シ、其弊勝テ言フ可(べ)カラス。然ルニ太政維新、列藩版図ヲ奉還シ、辛未ノ歳ニ及(およ)ヒ遠ク郡県ノ古(いにしえ)ニ復ス。

 世襲坐食ノ士ハ、其禄ヲ滅シ、刀剣ヲ脱スルヲ許シ、四民漸(ようや)ク自由ノ権ヲ得セシメントス。是レ上下ヲ平均シ、人権ヲ斉一(せいいつ)ニスル道ニシテ、即チ兵農ヲ合一ニスル基(もとい)ナリ。

 是ニ於テ、士ハ従前ノ士ニ非(あら)ス。民ハ従前ノ民ニアラス。均(ひと)シク皇国一般ノ民ニシテ国ニ報スルノ道モ固(もと)ヨリ其別ナカルヘシ。

 凡(およ)ソ天地ノ間、一事一物トシテ税アラサルハナシ、以(もっ)テ国用ニ充(あ)ツ。然(しか)ラハ即(すなわ)チ、人タルモノ心力ヲ尽シ、国ニ報セサルヘカラス。西人之(こ)レヲ称シテ血税(けつぜい)ト云フ。其ノ生血ヲ以(もっ)テ、国ニ報スルノ謂(いい)ナリ。

 且(か)ツ国家ニ災害アレハ人々其ノ災害ノ一分(いちぶ)ヲ受サルヲ得ス。是故ニ、人々心力ヲ尽シ国家ノ災害ヲ防クハ即(すなわ)チ自己ノ災害ヲ防クノ基(もとい)タルヲ知ルヘシ。苟(いやしく)モ国アレハ即(すなわ)チ兵備アリ。兵備アレハ即(すなわ)チ人々其役ニ就カサルヲ得ス。是ニ由(より)テ之(これ)ヲ観(み)レハ民兵ノ法タル固(もと)ヨリ天然ノ理(ことわり)ニシテ偶然作意ノ法ニ非(あら)ス。
 然而(しかりしこう)シテ、其制ノ如キハ古今ヲ斟酌(しんしゃく)シ時ト宜ヲ制セサルヘカラス。

 西洋諸国、数百年来研究実践以テ兵制ヲ定ム故ヲ以(もっ)テ、其法極メテ精密ナリ。然(しか)レトモ、政体地理ノ異(い)ナル悉(ことごと)ク之(これ)ヲ用フ可(べ)カラス。

 故ニ今其ノ長スル所ヲ取リ、古昔(こせき)ノ軍制ヲ補ヒ、海陸ニ軍ヲ備ヘ、全国四民男児二十歳ニ至ル者ハ、尽(ことごと)ク兵籍ニ編入シ、以(もっ)テ緩急(かんきゅう)ノ用ニ備フヘシ。

 郷長里長(ごうちょう、さとおさ)、厚ク此御趣意ヲ奉シ、徴兵令ニ依(よ)リ民庶(みんしょ)ヲ説諭(せつゆ)シ国家保護ノ大本(おおもと)ヲ知ラシムヘキモノ也。

 明治五年壬申十一月二十八日」(句読点、改行、読み下し、注は筆者)

 以上が徴兵告諭の全文である。私はこのたび初めてじっくりと全文に目を通したのであるが、徴兵制を導入するのに何とも奇妙な屁理屈をこねたものだ。1000年以上も前の古代の軍制をひっぱり出してそれを基本とし、西洋諸国の兵制をテキトウに参考にしたというのである。ここで手前勝手な御託(ごたく)を並べているのは、天皇の下僕を装った太政官だ。
 このような、上から目線の勿体ぶった(必要以上に重々しそうにする-新明解国語辞典)物言いは、天皇を「万世一系の現人神」にデッチ上げたからこそなされたものだ。
 前回述べた徴兵令詔書と同様、この徴兵告諭もまた、「万世一系の現人神(あらひとがみ)」を自在に操って、クーデターを企てた福沢諭吉を含むごく一部の連中が、自分たちに都合のいいように、即ち、自分たちの利益に合致するように、面妖な屁理屈をこねまわしているだけである。
 徴兵令詔書も徴兵告諭も、2つのトリック、つまり、天皇は万世一系であるというトリックと、天皇は現人神(あらひとがみ)であるというトリック、この2つのデタラメが出発点となっている極めていかがわしいものだ。

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 ここで一句。

”ご馳走はないというけど君がいる” -神奈川、トンボ

 

(毎日新聞、平成26年11月25日付、仲畑流万能川柳より)

(イヨッ!もて男。)

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