11/28講演会「闇に挑む『原発とは何か?』-福島第一と島根-」-9

****3)2つの債務超過、-会計上の債務超過と法律上の債務超過

 次に、2つの債務超過に移ります。資料5(講演会配布資料)を見ていただきたいのですが、今年の5月24日に東京電力を具体的に支援する枠組みが閣議決定されています。その中で、「援助には上限を設けず、必要があれば何度でも援助し、損害賠償、設備投資等のために必要とする金額の全てを援助できるようにして、原子力事業者を債務超過にさせない。」といったことが盛り込まれています。この中で、私の目をひいたのは、「原子力事業者を債務超過にさせない」という文言でした。債務超過にさせないとはどういうことか。そもそも債務超過というのは、会社が置かれている一定の時点における客観的な状況のことであって、誰かが債務超過にさせたり、あるいは債務超過にさせなかったり、できるものではない。私達職業会計人の立場からすれば、自明のことです。それなのに、何故このような文言が組み込まれているのか、しばらくの間分からなかった。私の疑問がようやく解けたのは、東京電力の財政状況とか経営状況について調査していた、下川辺委員会の報告書(平成23年10月3日。委員会報告-平成2 3 年1 0 月3 日、東京電力に関する経営・財務調査委員会)に目を通した時でした。その中で注目したのは、平成23年3月末時点の東京電力の財務状況についての報告でした。この報告書は、この時点での財務状況について、時価で資産、負債の洗い直しをしている。しかも、その洗い直しをするに際して、その時点から4か月後に成立した原子力損害賠償支援機構法を遡って適用し、評価に組み込んでいる。たしかに、この法律には遡及規定があって、法案成立前の東京電力の原子力事故にも、適用できるようになってはいるのですが、過去の時点の東京電力の財産評価にまで及ぼすのは、明らかに間違っています。

 このことについて、さすがに気がとがめたのか、

「実態連結純資産の試算は、支援機構が資金交付により損害賠償債務の支払原資を供給することが前提となっているため、このような前提を置いて実態連結純資産の試算を行うべきかどうかについては議論がありうるところであり、その結論を踏まえた検討も必要である。」

などと、とぼけたことを言っています。「議論がありうる」どころではない、そのような試算は明らかに間違っているのです。

 このこともそうですが、私は時価評価をしていること自体に注目しました。明らかに、平成23年3末時点で、会社を清算するということを前提に考えているということです。企業会計原則の大前提である継続企業(ゴーイング・コンサーン)という前提を外して計算をしているわけです。下川辺委員会は何とか屁理屈をつけて、平成23年3月末現在が債務超過ではないという結論にもっていっているのですが、この債務超過という概念は、私達が通常考えている債務超過とは違ったものであることに、この時に気が付きました。ようやく疑問が解けたのです。閣議決定とか報告書で言っている債務超過は会社更生法第17条で規定されている「破産手続開始の原因となる事実」、つまり、支払い不能、すなわち債務超過のことでした。この債務超過は破産法に規定されている債務超過と同じ意味合いをもっておりまして、「債務者が、その債務につきその財産をもって完済することができない状態」(破産法第15条、第16条)とされているものです。これは私達のような職業会計人が考えている債務超過とは似て非なるものです。私達は通常、会社の財務状況を見る時に、貸借対照表を作ります。左側の借方には資産を載せまして、右側の貸方には負債を載せます。バランス、勘定残高のことですが、バランスを一覧表にしたのがバランスシート(貸借対照表)です。その左側と右側の残高の合計を比較して、右側の負債が左側の資産を超える状態を債務超過と呼んでいます。

 これに対して、法律上の借方にくるものは、資産ではなくて、財産。右側の貸方にくるものは負債ではなくて、債務とされています。財産と資産とは全く違う概念ですが、それ以上に大きく異なっているのは、債務と負債です。債務は財産上の請求権に限定されているのに対して、負債はそれだけではない。費用または損害の原因が発生していれば、負債と認識するようになっておりまして、財産上の請求権をはるかに超えるものです。つまり、東京電力の平成23年3月期の貸借対照表は、下川辺委員会が行なったような小細工を施せば法律の上では債務超過ではなかったかもしれないが、会計上は大幅な債務超過に陥っていたということです。同じ言葉を巧みに使い分けることによって、東京電力の救済スキームができていたのです。

 以上のことを図式で示せば次のようになります。

*****貸借対照表(Balance Sheet, B/S)
^^t
^cx^(借方、Dr)
^cx^(貸方、Cr)
^cx^摘 要
^^
^1)資産
(取得原価)
^ 負債
(発生主義)
^会計上の概念
(企業会計原則)
^^
^2)財産
(時価)
^債務
(財産上の請求権)
^法律上の概念
(破産法、会社更生法)
^^/
 1)は継続企業(ゴーイング・コンサーン)が前提。

資産<負債の状態=会計上の債務超過。

 2)は清算企業が前提。

財産<債務の状態=法律上の債務超過。(=支払不能)

※ 1)、2)を解明するのが会計工学(会計法学)

 支援機構法案が国会で審議されたとき、みんなの党の柿澤未途議員とか自民党の河野太郎議員は、東京電力を法的破綻処理すべきであるとして、無条件で東京電力を救済するような法案に反対していました。柿澤議員は衆議院本会議(平成23年7月8日)において、この法案について「ゾンビ企業救済法案」とまで言い切っているほどです。

 彼らの追及が空振りに終ったのは、先ほど述べた原賠法に“穴”の領域があることに気が付かなかったからですし、2つの債務超過のカラクリとそれを背景とした東京電力の平成23年3月期決算のカラクリに気が付かなかったからです。

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