11/28講演会「闇に挑む『原発とは何か?』-福島第一と島根-」-10

****4)国策大学(東京大学)の大罪

 この150年程の間、東京帝国大学、後の東京大学なんですが、この中のごく一部のエリート達が日本の国を思いのままに牛耳り、自分勝手なふるまいをしてきたことは、すでに述べたところです。原子力政策に焦点を合わせて、この国策大学の一部の者達が何をしてきたか、その実態の一端を明らかにいたします。この人達がインチキをして、あるいはインチキをしようとして、画策した事例が5つほどございます。

 一つは、昭和39年に中曽根康弘が中心になって、初めての原子力予算を、時の吉田内閣を恫喝して成立させた。無理やり2億3,500万円の原子力予算を押し通した。まさにマッチポンプそのもの、総会屋とかヤクザがやっていることとなんら変わるものではありません。

 二つめは正力松太郎です。この人物、読売新聞を舞台にして、インチキの宣伝をやった男ですが、同時に日本で初めての原発を導入しております。この時に導入したのは、イギリスの黒鉛式の原発でした。この黒鉛式の原発はチェルノブイリの原発と同じように、兵器級のプルトニウムを生産するための装置でした。つまり、正力の本当の狙(ねら)いはプルトニウムを確保することだったのです。核兵器用のものを、発電用として日本に持ち込むわけですから、発電コストが非常にかかるということが問題になっていました。当時日本の電力は主に石炭に頼っていた。その石炭はアメリカから輸入しているもので、コスト的に安いものだった。これに対して、イギリスの石炭事業は国営でやっていたこともあって、石炭コストが非常に高かった。その上に、イギリスでは生成物であるプルトニウムを政府が買い取っていたということで、かろうじて採算はあっていた。日本の場合は火力発電と比較しても、到底太刀打ちできないほどコストがかかるうえに、生成物であるプルトニウムを政府に買い取ってもらうことができない。日本ではとても採算に合わないんじゃないかということで、当時原子力担当大臣をしていた正力松太郎に通産省の役人がそのことを申し入れた。ところが、正力は「木っ端役人は黙っておれ!」と一喝して黙らせてしまった(平成23年9月18日放送のNHK、Eテレ「ETV特集、シリーズ原発事故への道程(前篇)「置き去りにされた慎重論」」より)。一喝された通産官僚も東大出身だと思われますが、当時の通産官僚は二流か三流並にしか考えられていなかったので、このように押さえつけられてしまったのでしょう。

 三つめは、中曽根康弘が科学技術庁長官の時に制定した原賠法です。この制定を巡って、どこまで国が損害金の負担をするかということに関して、激しいバトルがあった。東大法学部と京大法学部のバトルです。資料2をご覧になって下さい。東大側は中曽根康弘と法律学者の我妻栄。この人達は原子力損害が生じた場合には無制限に国家が面倒を見る、すなわち青天井論を主張した。これに対して、京大出身の池田勇人首相、水田三喜男大蔵大臣が強硬に反対を唱えた。制限をつけなければいけない、無制限にしたら、国家が破綻してしまうということを主張して、制限論を唱えた。背景には、もし事故があった場合にどのような損害が見込まれるか、最悪のシナリオはどのようになるか試算が出されていたことがあった。当時の国家予算の規模はたかだか2兆円位であるのに対して、1基の原発の事故によって最悪のシナリオ(シビア・アクシデント)では、2倍弱の3兆7,000億円もの損害、今でみますと、100兆円を超える損害が予測された。とてもこういうものを国家賠償として、法律で定めるわけにはいかないということで、一定の制限が付けられた。東大の連中は青天井論を唱えた上に“補償”という文言にこだわった。これに対して、京大側は無制限ではなく、一定の制限を加える、補償ではなく、“援助”の文言に変更させたという事情がありました。このバトルの結果制定されたのが、原賠法第16条です。先程申し上げた原賠法の“穴”というものが、ここで定められたということです。これについては、資料7で掲げた、竹森俊平「国策民営の罠」の中で詳しく述べられています。

 四つめは、原発の安全性を巡っての東大と京大のバトルです。東大の原子力関係の学者は国策の代弁者です。国の政策をそのままオウム返しのように繰り返すだけです。原発は絶対に安全である、何重にも安全策がとられているから、絶対に安全だという原子力安全神話をまことしやかに主張し、世の中にその神話が浸透する役割を果しました。一方の京大はどうか。京大の中にも御用学者はいたのですが、原発の安全性に異を唱え、長年の間原発の危険性に警鐘を鳴らしてきた人達がいます。熊取6人衆と呼ばれている6人の学者です。この人達は国の政策に異を唱えているということで冷や飯を食わされた。首までは切られなかったものの、万年助手、今は助教という名に変わっていますが、助手の立場のままでいるのは、その表れです。その一方で東大の御用学者はどうか。研究費をたっぷりもらった上に、順調に助教授、教授と昇進していき、退官後は天下りのような形でそれぞれ職を得て、裕福な暮らしをしております。その代表格が原子力安全委員会の委員長である斑目春樹東京大学元教授です。口の悪いマスコミからは、マダラメではない、デタラメだと言われたり、曲学阿世の学者(きょくがくあせい。学者としての良心を曲げてまで、為政者や大衆の御機嫌取りにうき身をやつす、当世風の学者。-新明解国語辞典)と言われたりしている人物です。

 五つめは、原発事故が起こってからのバトルです。原発事故が起こってから、東京電力、経済産業省、政治家が何を画策したか。事故発生後、一貫してこの連中がやったことは、もっぱら自分達の責任を逃れようとして、数々の工作を行ったことです。東電、経産省、あるいは政治家も含めてですが、保身のための画策を行った。全て国策大学である東京大学の出身者です。徹頭徹尾、責任逃れをしようとした。重大な事故、スリーマイル島を超え、チェルノブイリに匹敵する、あるいはそれ以上の事故が起こっていたことを知っていながら、2カ月も隠していた。あるいは、「異常に巨大な天災地変」(原賠法第3条ただし書)に該当するから、原発事故の賠償責任について東京電力は免責されるべきだと言い張った。実際に福島第一原発を襲った地震の規模は震度6強と、このところ日本各地で起っている地震と比較してそれほどのものではなく「異常に巨大な天災地変」ではなかった。にもかかわらず、震源地でのマグニチュード9を引き合いに出して免責について強弁したのは、東京電力の勝俣恒久会長であり、当時菅内閣の閣僚であった与謝野馨でした。共に、東京大学の出身です。中でも与謝野は、中曽根康弘の子分のような存在で、原発べったり、東電べったりの人物です。与謝野は東電の免責(原賠法第3条ただし書の適用)を強硬に主張して、枝野官房長官と怒鳴り合いのバトルを演じたと報じられているほどです。勝俣会長はまた、補足1)で述べた2兆円の不正融資を受けた当事者、対する枝野官房長官は、非国策大学の東北大学出身の弁護士です。さらに、事故の原因が明らかになるのを隠すために、原発の操作手順書を真っ黒に塗りつぶして調査委員会に提出したり、会計監査人、東京証券取引所、金融庁を巻き込む形で、決算書に細工をしたり、デタラメな財務報告書(下川辺委員会報告のことです)を出させて債務超過の状態でないと言い張った。下川辺委員長は京都大学出身の弁護士で、国策大学出身ではないのですが、狂言回しを仕組んだ事務方(タクス・フォース(TF)事務局)が、国策大学の連中の意のままにシナリオを作り上げたということです。TF事務局が、財務調査をするに際して怪しげな前提条件を付けた、平成23年3月末時点の東京電力の財務状態が、絶対に債務超過にならないような条件、つまり支援機構からの資金交付を、財務状況の評定をするに際して、遡って取り込むことを前提条件にして調査をさせたということです。『初めに結論ありき』、ヤラセもいいところです。

 以上5つの事例を挙げましたが、これらから言えることは、国策である原子力政策、原発政策について、日本のリーダーを自任してきた国策大学のエリート達は、誰一人として日本の国家、日本国民の立場に立って考えた者はいないということです。すべて自分達の利益、自分達の生活のため、自分達を守るために国民を騙したり、国の金を不正に使ってきた、つまり、日本の国と国民とを食いものにしてきたということです。表向きは日本のリーダーを装いながら、その実態は、原発という巨大利権に群がったブローカーであり、フィクサーであったと言ってもいいでしょう。

 誤解を招くといけませんので、一言付け加えておきます。私が言っているのは、あくまでも原発政策についてであって、しかも、東京大学の中のごく一部の人種、つまりキャリア官僚、あるいは自分達が特別な存在のエリートだと勘違いしている連中についてのことです。もともと職業倫理がスッポリと欠落し、まともな生業(なりわい)ができない詐欺師のような連中が、難しいペーパーテストをくぐり抜けて一流大学にもぐり込んでいただけのことでしょう。

 東京大学自体は一流大学です。立派な教授陣が揃っており、全国から多くの優秀な学生が集まっています。言うまでもないことです。私のまわりにも、尊敬に値する東京大学出身者が少なからずいるのも事実です。

 ただ一部の不心得な連中が、原発に関連して国家と国民を食いものにしてきたということです。

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