400年に一度のチャンス -1

***1.日本は破産しない-(1)問題の提起

 二年余り前に、「100年に一度のチャンス」と題して7ヶ月にわたって書き続けた事がある。リーマン・ショックが起って世界中が大騒ぎを演じ、日本では当時の麻生太郎首相までもが「100年に一度の危機」などと、知ったかぶりの空騒ぎをするに及んだことから、もちまえのヘソ曲り根性がムクムクと頭をもたげ、それではとばかりに、「危機」を「チャンス」にすり替えて「100年に一度のチャンス」なる題をつけた次第であった。正直、100年にさほどの意味があった訳ではない。リーマン・ショックといい、未曾有(麻生太郎流に言えばミゾウユウ)の危機というが、なにも世界から富が消え去った訳ではない。その実態は、アングロ・サクソンが仕掛けた国家ぐるみの大がかりな詐欺事件によって、500兆円ほどのお金が右から左へ不正に移動しただけのことだ。たしかに詐欺事件としては史上空前の規模ではあったが、所詮、詐欺でありインチキだ。規模は違うが、かつてホリエモンこと堀江貴文氏が仕掛けたインチキの構図と同じものである。あるいは第二次大戦後のドサクサにまぎれて東大生が仕組んだ詐欺事件と同様、終ってみれば何のことはない。不正な金儲けのために社会を一時的にかき回しただけのことで、社会全体としては何ら変ることがない。虚言に振り回されて右往左往する点では同様である。何を大袈裟に騒ぎ立てているのかといった程度の気持ちであった。

 あれから二年。「100年に一度の危機」では物足りなくなったのか、このままでは日本が世界から取り残され、間もなく駄目になってしまうといった、「日本沈没論」、あるいは「日本破産論」がまことしやかに喧伝(けんでん)され、書店の店頭にはこの種のいかがわしい書籍があふれている始末である。
 テレビ・新聞をはじめとするマスコミも、怪しげな学者やら経済評論家を動員して、悲観的ムードをあおり、醸成させるのに余念がない。誤った情報をまことしやかに振りまいては世論を一定の方向に誘導しようとする、いつものマスメディアの手口であると言ってしまえばそれまでではあるが、それにしても困ったものである。
 ここまでくれば、私が2年前に発した「100年に一度のチャンス」ではもの足りない。えい!とばかりに100年を400年に延ばして、「400年に一度のチャンス!」と言いたくもなってきた。もちろん単なるもののはずみではない。400年とするしかるべき理由については後で詳しく述べるつもりだ。

 菅直人首相までも、『日本がギリシャのようになったら大変だ』などと大真面目に叫び、このままでは日本国家が破綻しかねないとアジ演説を行った。いきおい余ったのか、不用意にも消費税増税を選挙公約に掲げたことから、野党だけでなく、政権与党の中からもブーイングが湧き起ることになった。参院選における菅氏の軽はずみな発言は、賢明な国民の怒りを買い、その結果、参院選では民主党の惨敗を招いた。なにも国民は消費税増税を嫌った訳ではない。民主党が国民に約束したマニュフェストに反することを公然と言い出したことに対して、民主党政権に多大な期待を寄せていた国民が不信感を抱いたのである。この意味からすれば、民主党惨敗は当然の結果であったといってよい。
 本当にすべきことは民主党のマニュフェスト通り、何よりも歳出の見直しであったにも拘らず、中途半端に放置したままで、財務省あたりの役人の口車に乗せられて国民の負担増(消費税のアップ)を口にしたのであるから、国民が怒るのは当り前のことだ。この歳出の見直しについては、本稿における中核的テーマでもあることから後に詳述する予定である。

(この項つづく)

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 ここで一句。

“千鳥足 ドアを開けたら 忍び足” -神戸、西郷隆雄

(毎日新聞、平成23年1月4日付、仲畑流万能川柳より)

(ある弁護士の話。いつものように千鳥足、ほろ酔い加減で我が家に。ドアを開けたら、奥からスリッパが水平に飛んできたとボヤくことしきり。)

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