100年に1度のチャンス -1

 このところアメリカの金融危機をきっかけにして、株価が暴落したり、円高が進行したりと、日本でもなんとも騒がしい限りです。中には100年に1度の危機だとか、日本が駄目になってしまう、つまり、日本が破綻の危機に瀕しているなどと声高に言い募っている人達もいるようです。

 本当にそうでしょうか。愛してやまない私達の祖国は、そんなに脆(もろ)いものなのでしょうか。

 私はそうは思いません。小さな島国ながらも、長い歴史の中で独自の文化を育み、ユニークなモノづくりに秀でた多くの国民を擁する日本ですから、決して簡単には崩れることはないでしょう。それどころではありません。日本にとっては100年に1度のまたとないチャンスが到来したと言っても差し支えないでしょう。何故そのように言えるのか、精神論、あるいは抽象論ではなく、できるだけ数字を用いて具体的に考えることにいたします。

 たしかに、全世界的に金融機関の破綻が頻発していたり、日本でも一般の企業の倒産が多発していることは事実です。為替にしても1ドルが100円を切るなど円高に向っており、日本のGNI(国民総所得)、526兆円(平成18年度推計値)の14%を占める輸出にブレーキがかかるのは避けられないことでしょう。
 しかし、各国の金融機関が悲鳴を上げているのは、金融工学なる怪しげなものを振り回して、インチキの限りを尽くしてきた結果ですし、本来してはいけないこと(ズバリ、詐欺行為です)を世界を股にかけて行って荒稼ぎしたのですから、そのツケが回ってくるのは当然のことでしょう。しばらくゴタゴタが続くでしょうが、それはもとの健全な姿に立ち帰るための調整と考えるべきものです。

 また、日本における一般の企業が倒産に追い込まれたり、あるいは倒産の危機にあるのは、端的に言えば、銀行が本来の役割を放棄しているからです。かつては国の経済の中核に位置し、信用創造をテコにして企業の育成に真剣に取り組んでいた銀行が、昨今は様変りしているのです。街の金貸し(高利貸しのことです)どころか、それ以下の存在に成り下がっているのが現状です。国の経済における銀行の使命を忘れ去り、本来の役割を放棄しているということです。サブプライム・ローンとか、リーマン・ショックなど、日本の銀行にとってはやっかいな融資先を切り捨てるのに格好の口実となりますので、内心喜んでいるのかもしれませんね。
 つまり、一般企業の倒産を防ぐためには、堕落しきった現在の銀行のあり方を抜本的に変える必要があり、今の国際的な金融不安とは基本的に関係がありません。

 円高についてはどうでしょうか。マスコミでは円高に向かう度ごとに、

「1円の円高になると企業収益が××億円減少する」

などと、したり顔に解説して不安をあおっています。このこと自体、必ずしも間違ってはいませんが、しかし、一面的なことにしかすぎません。たしかに、輸出の割合が多い限界的な企業(採算ギリギリで経営している企業)にとっては、円高は短期的には致命的な痛手かもしれません。しかし、中長期的にはこのようなハンディキャップは乗り越えていくべきものですし、実際にこれまでも日本の多くの企業は、為替変動の荒波を何回も経験し、乗り越えてきているのです。
 1971年12月のスミソニアン合意によって、戦後25年間続いた1ドル360円は一挙に1ドル=308円へと大幅に切り上げられたことがありました。2年後の1973年には、1ドル=277円のレートからスタートする変動相場制に移行しています。
 このような時、あるいは更に、1ドルが200円を下回った時、日本の産業界とかマスコミの反応は、

「輸出に大打撃」
「回復の手段が見当らない」
「日本経済は沈没する」

など、悲観的な予測一色で、この世の終りかと思われる位に大騒ぎしたものです。
 しかし、どうでしょうか。その後の経緯は歴史が示す通り、日本経済は沈没するどころか、自由世界第2位の経済大国にまでなりました。個人の金融資産は、1,500兆円にまで達しています。

 眼を国全体の経済(マクロ経済)に転じてみますと、円高になることは決して悪いことではないことが判ります。円高になるということは、より少ない円で、より多くのドルが交換できることですから、その分日本の国力がより高く評価されることを意味します。しかも、これまではドルに対して強かった円が、最近ではユーロに対しても強くなってきた事実は注目すべきことです。目先の輸出にブレーキがかかることだけにとらわれてアタフタするのは、企業経営者の資質を疑われても仕方ないでしょう。荒波に耐える、柔軟な経営姿勢を持続できる企業こそ、社会が本当に必要とする存在ですし、社会が必要とする限り、つぶれることはないはずです。

 日本全体で一年間に稼いだ利益(所得)のことを国民総所得(GNI、Gross National Income)といいます。平成18年度で526兆円、これは、個人の場合ですと、一年間の給与総額といったところです。進行年度でも500兆円を切ることはないでしょうから、仮に500兆円としますと、1ト月に直して42兆円。たとえば、1ドル=110円から1ドル=100円へと円高になった場合を考えてみますと、日本の1ト月の所得42兆円は、対外的な評価としては、4兆円増えて46兆円になります(42兆円×110÷100)。一年では550兆円と、50兆円も増えるということです。
 プラスになるのはこれだけではありません。このようなフローの側面以上に大きいのは、ストック、つまり、1,500兆円とも言われている個人の金融資産です。このうちの円資産は確実に10%だけ対外的な評価が大きくなるのです。

(この項つづく)

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 ここで一句。

“することを しろと言ったら 赤くなり” -泉佐野、裸の大将。

(毎日新聞、平成20年10月9日号より)

(「兎追いしかの山」を「兎オイシイかの山」、「さざれ石の巌となりて」を「さざれ石の岩音鳴りて」と解するが如し。)

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