『大義名分なき公共事業』-大手前道路、大橋川改修、八ッ場ダム-7

 弊社主任コンサルタント山根治が講演した「大義名分なき公共事業 -大手前通り、大橋川改修、八ッ場ダム」についての講演内容を、数回に渡って「山根治blog」にて公開いたします。
***【講演会】「大義名分なき公共事業 -大手前通り、大橋川改修、八ッ場ダム」
-日時: 平成22年1月23日(土)13時35分~
-場所: 島根県民会館307号室 (島根県松江市殿町158番地)
-講師: 公認会計士 山根治

第一回: 『大義名分なき公共事業』-大手前道路、大橋川改修、八ッ場ダム-1



『大義名分なき公共事業』-大手前道路、大橋川改修、八ッ場ダム-6より続く。



 この大谷昌行さんから、皆美さん、この方は先日お亡くなりになりましたが、個人的には立派な人だったかもしれません。私は個人的なことを言っているのではありません。この人達が商工会議所の会頭あるいは副会頭として何をやったか。この点に絞って考えるということです。

 (5)の丸さんは途中から松江にやってきた人です。日銀から合銀の頭取に天下りして、それから今会議所の会頭をやっている。途中から”だんさんもどき”に入ってきた人ということです。

 宮岡さんは先ほど言った、非常にダイナミックな発想の持主。普通、出雲人が考えるような発想ではないんですね。あそこをゴミ捨て場にするなんて言うんですから。(笑)

 実はこの本(そうけん情報特別号)の中で、「日本一のゴミ捨て場」という言葉を使った人がいた。ロバート・ラトクリフという、ちょうどそのとき松江に住んでいらっしゃったアメリカ人でニューオーリンズ生まれ。この方が寄稿して下さった。英文の原稿も載っていますけれども、結構難しい英語でございまして、翻訳するのが大変でした。実ははじめ島大の先生にお願いして翻訳してもらったのですが、島根大学の元学長さんを前にして申し上げるのもなんですけれども、その方の翻訳は意味不明で日本語になっていなかった。本当に困りましてですね、仲介してくださった先生にお詫び申し上げた上で、つたない訳文ながら私が翻訳いたしました。「『日本の面影』の破壊」という記事がそれです。
 この中で、ロバート・ラトクリフさんは、ゴミ捨て場、これは日本一の規模だ、日本一のゴミ捨て場と言っているんですね。この言葉を私は、そのままいただきまして記事を書いた。ここに20部ほどコピーを持ってきています。後からお配りいただいていいんですが、「日本一のゴミ捨て場」(※後述)という題です。これは山陰経済ウイークリーの巻頭言。何人かの持ち回りで順番に書いていましたが、この当時の宮岡市長と商工会議所の立場を皮肉をこめて批判したものです。
 6年3月29日だから、平成6年ですね。実は、私はこれまでに山陰経済ウイークリーに、300回を超える記事を書いています。
 しかし、これを書きましたら、どうもどこかの逆鱗に触れまして、おそらく“だんさんもどき”の誰かでしょうが、中央新報の経済部長が「もう執筆しなくてもいい」と断りに来た。それ以後、この新聞社に関係するものには一切記事を書いていない。
 このようないきさつから私にとっては想い出のある記事でございます。これはぜひお読みなってください。
 そういうことで、この大谷さん、皆美さん、丸さん。この人達はその時々で自由自在に考えをお変えになる。自由人と言いますかね、たいした人達ですね。(笑)

 後もう一人、5番目に山本隆志という名前を出していますが、今日、京店商店街の方がお見えになっていたらよくご存知の方です。また山根がこんなことを言っているってすぐ伝わるでしょうけど、敢えて私は名前を出すことにしました。
 この山本隆志って人は、実は、平成7年ですから今から15年前、平成7年の7月の24日に、この同じ県民会館の、ここは小さな会議室ですけれども、3階の大会議室です。180人くらい入りますでしょうか。あそこが満杯でしたから、その3階の大会議室で、干拓を推進しようという決起集会のようなものが開かれました。その時の記念講演をしたのが山本隆志です。
 「中海周辺活性化研究会」という名前の設立総会、要するに何としても中海干拓をやってしまおうと言うことで、経営者協会、商工会議所、経済同友会。そういうのが一丸となって、期成同盟会をつくった。
 私はその当時経済同友会に所属しておりまして、常任幹事をしておりました。他の団体の人達がやるのは仕方がない、しかし、島根経済同友会がこんなものに入るのはおかしいんじゃないかということで、私はこの会に乗り込んで行きまして、異議申し立てをした。しかし、多勢に無勢、問答無用とばかりに完全に黙殺されました。
 この大谷さん、皆美さん、丸さん、みんな私を睨みつけていましたね。あれは今でもよく覚えています。
 この時の記録はテープに残っています。特に山本隆志が記念講演で何を喋ったか、手間暇をかけてテープ起しをしたものがございます。
 このテープ起しをしたもの(『大義名分なき公共事業』-大手前道路、大橋川改修、八ッ場ダム-資料)を、ここに4部ほど持ってきておりますので、興味がある方にはお配りいたします。どうぞ、山本氏が何を言ったか御覧になってください。
 この記念講演の中で、山本隆志という人物は、本当のことももちろん言っていますが、嘘もだいぶ言っています。おそらく知らない者が聞いたら本当に思ってしまうような嘘を、しゃあしゃあと言っています。そのことを含めて地域の歴史の検証として、もし必要があれば皆さんにお渡しします。

 特に、この中で一番おかしいと思うのは、彼が淡水化の反対運動について述べているくだりです。淡水化反対運動は島大の保母武彦先生が中心になってやられたんですが、私もその一人として手伝った。私達が反対運動をやる何年間か前に、実は自分がはじめて淡水化反対の声を上げた、彼は青年会議所(JC)の理事長でしたから、はじめて反対の声を上げたと言っているんです。地域住民で一番最初に反対の声を上げた者だと、この講演の中で胸を張っておりますが、ところがそれは違う。事実を自分の都合のいいようにねじ曲げている。
 確かに、私達が、保母先生を中心とした淡水化反対運動をはじめる何年か前に、JCが反対運動をしたことは事実です。これだけは間違っていません。ところがその後がいけない。その後、間もなく”だんさん”の手先が寄ってたかって潰しちゃった。この圧力によってJCの反対運動はあっけなく挫折したという経緯があるんです。
 それから後にこの人物はどうしたか。完全に賛成の立場に変身した。私達の反対運動をなんとかして潰そうとして、影に隠れて画策した中心人物、山本隆志とはそういう人物です(笑)。戦争中の共産主義者が、戦後一転して共産主義をつぶそうとする右翼に転向したのとよく似ています。節操なきカメレオンといったところです。
 この人物についてはいろいろな経緯がありますけれども、今日は時間がありませんから、またの機会に。このことについては私しか知らないことがだいぶございますので、またの機会にお話しできると思います。

(この項つづく)

 ―― ―― ―― ―― ――

 ここで一句。

“反抗期終らぬうちに更年期” -柏原、柏原のミミ。

 

(毎日新聞、平成22年3月7日付、仲畑流万能川柳より)

(“更年期終らぬうちに老年期”)

***[資料] 日本一のごみ捨て場

※この文章は、弊社主任コンサルタントの山根治が山陰経済ウィークリーという雑誌に以前執筆したものを再掲したものです。

 宍道湖・中海淡水化事業が事実上凍結されたことによって、工事が中断している本庄工区の干拓に関して全く新しい案が浮上してきた。
 中海の五分の一強を占める本庄工区を干拓して陸地化することについては、地元では異論の多いところであるが、この新しい案は干拓を一歩進めて埋め立てにすべきだとするものである。
 しかも、産業廃棄物をもって埋め立てるとするのがこの案の骨子である。
 まことに大胆、かつユニークな提案である。変革について慎重な対応をする出雲人の考えつくところではない。
 確かに、同工区についてコスト面からすれば、再び堤防を撤去して海に戻すことに比較して陸地化する方が有利である。さらに、干拓ではなく埋め立てということになれば、完成した土地の使い道は大幅に拡大する。しかも、ごみ捨て場にすれば、埋め立てのコストを大幅に上回る収入さえ期待できる。
 まさに、いいことづくめのようである。
 しかし、広大な干拓地を造成しようとしたのは、戦後の食糧難という時代背景があったのであり、農地の造成ということで農水省の事業として推進されてきたものを、どのような大義名分をもってごみ捨て場に転用しようというのであろうか。
 時代は大幅に変わってきている、かつての日本列島改造の時代は終わった。産業構造も大きく変化しており、産業廃棄物を大量に産出する企業の存立基盤がなくなりつつある。企業誘致をするのに廃棄物処理場が必要であるとする論拠はいかがなものであろうか。千七百ヘクタールという広大な処理場と、企業誘致とどのように結びつけようというのであろうか。
 青森県に核処理施設が建設されようとしているのに対応するように、同じく貧乏県である島根県に日本一のごみ捨て場をつくり、日本中からごみを集めるということであろうか。
 シマネスク島根との整合性をどのようにかんがえたらいいのか。疑問である。

(山陰経済ウイークリー 平成6年3月29日号「点晴」)

Loading