138 右翼からの激励 -その1

***6.右翼からの激励

****1)その1

6月8日の朝、風呂をすませ、気分爽快になって独房に帰り、いつものように座り机に向って、古典の書写を始めようとしたときのことであった。窓の外から大音量の声が響いてきた。

察するに、刑務所の正面玄関近くの公道に車を停めて、刑務所にマイクを向けているようだ。私のいた拘置監は外部の道路に近く、外部からの物音がよく聴こえてくる位置にあったのである。

「受刑者の皆さん、おつとめご苦労様でございます。私達は出雲の政治団体××です。皆さんが無事おつとめを終えられ、一日も早く社会に復帰されるのを心から祈っております。頑張ってください。」

このようなことから始まって、何やらしきりに喚いている。普段であれば、触らぬ神に祟りなしとばかりに、街宣車を無視して通りすぎるところである。
しかしこの時ばかりは、独房での囚(とら)われの身、不協和音の見本のような大音響から逃げるわけにいかない。しかたがないので、単調な生活の気分転換の一つと考え直して、耳を傾けることにした。生まれてはじめて、右翼の説法をじっくりと聴くハメになったのである。

さかんに松江刑務所の悪口を言い立ててはいるものの、単なる悪口雑言ではない。誉めたふりをして、その実、相手を貶(おとし)めるという、ひとひねりしたやり方だ。いわゆるホメ殺しである。

ホメ殺し。
かつて、日本皇民党なる右翼団体が、竹下登氏を褒めちぎる街宣活動を執拗に繰り返し、「ホメ殺し」なることばが全国的に有名になったことがある。

「日本一金儲けのうまい竹下さんを総理大臣にしましょう」

1987年1月から始まったホメ殺しは9ヶ月間続き、大物暴力団の幹部が仲裁に入ることによってようやく中止されたと言われたものだ。その際多額の現金授受が噂され、国会でも追及された。しかし、真相はウヤムヤになり、藪の中に消えた。

昨年我が国で急浮上してきた問題に、アスベストの毒性がある。かつてすぐれた断熱・防音剤として、主に建築分野で大量に使われていたアスベスト(石綿)の危険性が、白日のもとにさらされ、社会問題となった。
このアスベストについて、10年前、街宣車の右翼の論客は、松江刑務所の収容者に向かって次のように訴えた。

「皆さんが生活しておられる部屋の天井をご覧下さい。灰色の天井は、アスベストがふんだんに使われているアスベスト・ボードで張られています。
このアスベストは、欧米諸国ではかなり前から強い毒性が指摘され、使用が禁止されているものであります。
ところが、わが日本ではどうでしょうか。一部の専門家が警告を発しているにも拘らず、いまだに禁止されていません。メーカーと政府がグルになってアスベストの毒性を隠しているのです。
部屋の天井だけではありません。廊下の天井、集会所あるいは講堂の天井など、松江刑務所はアスベストだらけです。
これは一体どういうことでしょうか。私は受刑者の皆さんに対する官の思いやりの心によるものではないかと考えます。
アスベストも大量に吸い込めばただちに身体に異常が生ずるでしょうが、皆さんのようにごく微量な粉末を少しずつ吸っていたのでは、身体の異常は感じられないものです。
少しずつ吸引することによって、アスベストに対する抵抗力が身体の中に生じ、かえって身体が強くなるとでも、官の方では考えているかもしれません。刑務官をはじめ、官の人達が仕事をしている管理棟には全くアスベストが使われておりません。官の人達はせっかくのアスベストを吸うことができないのです。自分達は吸わないで、受刑者の皆さんにだけ吸わせているのです。自分達のことは二の次にして、受刑者の方々の健康増進を考えているのでしょう。
だとすれば、官に感謝しなければなりません。出所後の生活に具えて、より頑丈な身体にしてもらえるのですから。
朝昼晩、アスベストを思いっきり吸い込んで健康な身体になりましょう!!」

 

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