400年に一度のチャンス -23

***23.400年目の転機-世界②(市場原理主義からの訣別)

 戦後の日本は、アメリカの軍事力の庇護のもとで、アメリカの経済を手本にして歩んできた。日本において驚異的な高度成長が達成されたのは、日本の自助努力も認められない訳ではないものの、主としてアメリカのバック・アップによるものであった。日本は経済大国になったことで有頂天になり、見せかけの繁栄を謳歌した。しかし長続きはせず、バブル経済が出現、崩壊への道を辿った。アメリカ流の生活、即ち、自分本位の軽佻浮薄な生活を目標として突き進んできた結果である。



 戦後の日本経済界は、アメリカ式の経営方式を取り入れることに躍起となった。アメリカかぶれが幅をきかし、日本経済は、ひたすらミニ・アメリカを目指してきたといってよい。

 アメリカに追随し、その恩恵にあずかる、-日本の政治、経済、文化のあらゆる面で日本のアメリカ化が進んだ。アメリカのエピゴーネン(猿マネ的な追随者)が陸続と輩出し、小泉政権の時に、猿マネ(「100年に1度のチャンス -26」参照)はピークに達した。

 民主党政権になってから2年弱、アメリカの小間使いであった自民党政権と一線を画そうとしているだけに多難である。菅直人首相は、バッシングの嵐の中にいるが、このバッシング、党の内外に潜む圧倒的多数のエピゴーネンの暗躍によるものではないか。エピゴーネン達が、既得権益(とくに原発利権)を必死になって守ろうとしているのが透けて見えるのである。このエピゴーネン、民主党内にも巣くっているようであるが菅直人氏と彼を引き継ぐ民主党政権に心からのエールを送りたい。

 アメリカの繁栄の裏にあるものは何か。貧困である。アメリカ国内には、日本以上に貧民がいることはよく知られているが、その実態については、

堤美果著「ルポ貧困大国アメリカ」(岩波新書)
堤美果著「ルポ貧困大国アメリカⅡ」(岩波新書)

に詳しい。
 アメリカの繁栄は、ただ単に自国民を差別し、収奪することによって成り立っているのではない。他国、ことに発展途上国を収奪することによって成り立っていると言ってよい。
 アメリカの国内についていえば、労働力が単なる商品として切り売りされている雇用システムは、株主と経営者の利益の論理によるものであって、社会的に見て公正なものとは言い難い。富める者はいよいよ富み栄え、貧しいものは貧しさから免れることができないシステムだからだ。
 対外的にいえば、現在の貿易制度、つまり交易システムは、強大国の論理に貫かれたもので、公正なものとは言い難い。雇用システムと交易システムは、それぞれ市場原理主義が生み出した巧妙な搾取の制度であり、地球規模で貧困を生み出す元凶だ。貧しい国は、相対的にいよいよ貧しくなり、富める国はその分だけ豊かになるシステムであると言えようか。

 400年に及ぶ、パクス・ブリタニカ-パクス・アメリカーナの時代は、市場原理主義が地球規模で拡大した時代であり、世界に於ける貧民・難民が増大した時代だ。現在グローバリズムの名のもとに跋扈している市場原理主義は、不公正な格差を拡大するものであることから、できるだけ早く終焉に向かわせるべきであろう。
 原発は人間だけでなく自然をも収奪する麻薬だ。その意味からすれば原発は、市場原理主義を掲げる収奪経済の象徴ともいうべきものである。日本という狭い島国で、ソ連のチェルノブイリの原発事故に匹敵する、あるいはそれ以上ともいわれる、取り返しのつかない大事故を惹き起こしたことは、市場原理主義が内包する矛盾を目に見える形で示したものといえる。
 人間としての存在基盤を破壊しかねない原発からは直ちに脱却すべきであるが、それは同時に、市場原理主義からの訣別の貴重な第一歩となるであろう。

(この項つづく)

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 ここで一句。

“安いのと混ぜられ口惜し大吟醸” -生駒、鹿せんべ

(毎日新聞、平成23年6月4日付、仲畑流万能川柳より)

(腹いせに料理と消えた大吟醸。酒と料理のオンチを装い…。)

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