冤罪を創る人々vol.99

2006年02月07日 第99号 発行部数:501部

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「冤罪を創る人々」-国家暴力の現場から-
http://consul.mz-style.com/catid/11

日本一の脱税事件で逮捕起訴された公認会計士の闘いの実録。
マルサと検察が行なった捏造の実態を明らかにする。
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山根治(やまね・おさむ)  昭和17年(1942年)7月 生まれ
株式会社フォレスト・コンサルタンツ 主任コンサルタント
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●「引かれ者の小唄」 ― 勾留の日々とその後
http://consul.mz-style.com/catid/41

「右翼からの激励 -その2」より続く
http://consul.mz-style.com/item/466

7.房内放送 -その1

私が松江地方検察庁に逮捕されたのは、10年前の平成8年1月
26日のことであった。堀江貴文氏が証取法違反容疑で逮捕された
のが、この1月23日のことであったので、季節的には同じ頃であ
る。
厳寒のこの時期、松江刑務所拘置監と東京拘置所とは場所が異
なっているとはいえ、あるいは、年齢的にも当時の私は53歳で、堀
江貴文氏とは二十歳も年齢が異なっているとはいえ、ある日突然
に、天国から地獄に突き落され、ほとんどの自由が奪われたことに
ついては同じである。

1月16日のライブドア強制捜索以来、新聞、雑誌、テレビなど、
多くのメディアから取材の申し込みとか原稿執筆の依頼があったり、
あるいはニ、三の政治家から調査協力の依頼があった。
私がそれらの申し込みとか依頼の全てを断ってきたのは、一つに
は堀江貴文氏とライブドアについては、昨年私のブログで連載した
中に書き尽しており、現時点でコメントすべきことがないためであ
り、二つには、そもそも私の論述は全て公表された資料にもとづく
もので、私の手許には極秘情報など全くなく、取材などに応ずる理
由が見出せなかったからである。
加えて、堀江氏と同じような体験をした者として、マスコミのバ
カ騒ぎに巻き込まれたくなかったというのが本音である。理由はど
うあれ、国家権力によって身柄を拘束され、全人格を否定されるに
等しい辱しめを受けた点では、堀江氏も私も同断であるあるだけに、
手の平を返したように堀江氏を糾弾し、あることないことを興味本
位に取り上げて、世紀の大悪人であるかのように騒ぎ立てているマ
スメディアに強烈な違和感と嫌悪感を抱いたのは事実である。

私は再逮捕され、その上第一回公判が開かれた平成8年5月7日
までの100日間、接見禁止措置がとられていた。その間、弁護人
(私の場合は3人)以外との接見は禁止されており、手紙のやりと
りもできなければ、新聞の購読もできなかった。独房にはテレビも
なければラジオもない。当然のことながら電話などあるはずがない。

外の世界で何が起っているのかを知るルートは、弁護人と房内放
送の2つに限られていた。現在東京拘置所に勾留されている堀江氏
も、同じような状況であろうと思われる。禁断症状が生ずる位の、
いわば情報断絶の世界である。

房内放送。

房内に備えつけてある小さなスピーカーから、一定時間流れるも
のだ。起床時の音楽に始まり、連絡事項とか昼と夕方に10分位の
ニュース、あるいは音楽が断続的に流され、夕方6時以降は3時間
ブッ通しで、いくつかの番組が編集されて流され、就寝時間である
夜の9時3分位前からの就寝の音楽で終る。

逮捕された当初は、ショック状態でパニックに陥っていたことに
加え、持ち込んだ防寒用の衣服が十分でなかったために房内でブル
ブル震えていたこともあって、房内放送は気持ちをいらだたせる騒
音以外のなにものでもなかった。軽いノリで喋りちらすディスク・
ジョッキーとか、掛け合い漫才にいらだち、気持ちが晴れるどころ
か、かえって私の気分は落ち込んだ。精神的にも肉体的にもゆとり
がなかったからであろう。

四、五日して逮捕時のショックも少しはおさまり、房内に防寒着
が入ってきたことによって身体が暖まり、本とノートと筆記用具が
入ってきたことによって心が蘇ってきた。
それまでは耳障りな雑音であり、わずらわしい存在でしかなかっ
た房内放送が気にならなくなったばかりか、心待ちにする楽しみへ
と変っていった。
房内放送の内容が変ったわけではない。私の精神と肉体の状況が
変ったために、房内放送をスンナリと受け入れることができるよう
になったのである。客体は絶対的な存在ではなく、認識する主体に
よって変容するということであろうか。学生時代に格闘してブチ負
かされた、カントの認識論を体感したのかもしれない。

放送プログラムの定番は歌番組であった。何ヵ月かにわたって繰
り返し流されていたもので、今でも記憶に残っているのは、パフィー
の「アジアの純真」、「これが私の生きる道」と、NHKの新ラジ
オ歌謡として放送された神野美伽の「私の一番きれいだったころ
~白線流し~」である。
これら3つの曲はともに、私がシャバにいたならばまず耳を傾け
ることのない類いのものだ。しかし、独房という閉鎖空間で繰り返
し聞かされているうちに耳になじんでしまい、私の記憶に定着する
ことになった。
パフィーのなんとも調子のいいセリフとメロディー、「白線流し」
の暗い調子のしらべ。
今でもこれら3つの曲を聴くと、独房で過した日々が私の想念の
中で瞬時にして甦る。とりわけ「白線流し」は、夜の7時から8時
前後の薄暗い房内で流されると私の気分を滅入らせる働きをしたも
のであるだけに、今でもこの曲を耳にするたびに、小さな蛍光灯の
あかりにぼんやりと浮かぶ独房が想い出されてくるのである。

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●山根治blog (※山根治が日々考えること)
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「疑惑のフジテレビ -2」より続く
http://consul.mz-style.com/item/476

・ 疑惑のフジテレビ -3

これからの話を進めていく上で、改めて確認しておきたいことが
あります。
それは、ライブドアがそもそもどのような会社であったかという
ことです。
昨年の20回にわたる連載において、私が指摘したのは、ライブ
ドアの上場適格性についての疑問でした。私はいくつかの具体的な
根拠を示して、ライブドアの上場企業としての適格性に疑問符を投
げかけました。
トリックを用いて偽りの上場を果たし、上場後も数々の無法な行
為を繰り返している存在であり、上場企業という仮面をかぶった
“ギャンブルファンド”であるというのが私の結論でした。

東京地検が1月16日に摘発してから後のマスコミの論調を見て
いますと、ライブドアという会社の本質を考えることなく、その時々
に検察から意図的にリークされる情報を大げさに取り上げては、セ
ンセーショナルに騒いでいるだけのようです。
あるいは不確かな情報をもとにして妄想をたくましくし、憶測記
事を書いたり、事情通とか専門家の顔をした人達がテレビに出ては
さほど根拠のないことを、したり顔をして話したりしています。

たとえば、1月28日のTBSの筑紫哲也さんの番組で、立花隆
さんがいつものように、猫背のポーズで上眼づかいをしながら、ラ
イブドアとウラ社会とのつながりを得意そうに喋っていました。こ
の人は昨年も、ライブドアの前身であるオン・ザ・エッヂが上場す
るときにウラ社会の金を借りたのではないか、とおよそピント外れ
のことを憶測して平気で喋っていますので、このテの噂話が好きな
のでしょう(「ホリエモンの錬金術-6」参照)。

ホリエモンの錬金術-6
http://consul.mz-style.com/item/290

あるいは、1月29日のテレビ朝日のサンデープロジェクトで、
田原総一朗さんが某週刊誌の記事をとりあげて、ゲストとして出て
いた、ウラ社会の実情に詳しいとされているM氏に話を振り、ライ
ブドアとウラ社会との関連をしつこく尋ねていました。

立花隆さんとか、田原総一朗さんに共通しているのは、ライブド
アという会社がカタギの会社であり、オモテの存在であるという誤っ
た思い込みであり、先入観です。
つまり、ライブドア→上場会社→正業→カタギの会社→オモテの
存在と思い込んでいるのです。

ところが、ライブドアが上場会社であることは紛れもない事実で
はあるものの、上場時点で既にやっていることが正業ではなく法の
裏をかく虚業であり、IT企業という看板をかかげてはいるものの、
実際の稼ぎの多くは世間に向って胸を張って説明できないやましい
ものであるとすれば、とてもオモテの存在とはいえないのです。上
場会社としてスタートした時点から、すでにカタギの会社ではない
のです。
ライブドアの創業当時はともかくとして、東証マザーズへインチ
キ上場をくわだてた時点以降は、とてもカタギの会社とは言えない
のです。暴力団だけがウラ社会の住人ではありません。むしろオモ
テを装いながら人を騙して金を巻き上げるのは、暴力団よりもタチ
が悪いのかもしれません。
従って、立花さんのように、いかにも秘密情報をつかんでいるふ
りをして、ウラ社会とのつながりをほのめかしたり、田原さんのよ
うに、テレビを井戸端会議のレベルに落して、もっぱら視聴者の興
味を引くようなことを質問したりするのは、ライブドアという会社
自体がウラ社会の存在であることに思いいたらないからでしょう。

このお二人は、上場企業の情報の宝庫である有価証券報告書をご
存知ないのでしょう。それにしても、もっともらしい顔をして上場
企業のことをあれこれと論じているこの二人は、肝心要(かなめ)
の有報をなおざりにしているのですから驚きですね。

(続きはWebサイトにて)
http://consul.mz-style.com/item/479

 

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