疑惑のフジテレビ -1

ライブドアが東京地検特捜部の強制捜索を受けてから、マスコミの動きを注視してきました。

あいもかわらず検察がリークする情報をスクープと称してタレ流しています。しかも、大学教授、弁護士、エコノミスト、証券アナリストなどが、なんでも知っている専門家のような顔をして出てきては、トンチンカンな解説をしたり、明らかに誤った説明をしたりしているのです。

この構図は、一年前のライブドアとフジテレビとのドンパチの時と全く同じものです。出てくる自称専門家の顔ぶれも一年前とあまり変っていません。この人たちは、専門家というよりタレントであり、便利屋なのでしょう。
アナウンサーとかキャスターなどがおかしな解説をするのはまだご愛嬌ですが、専門家としての発言がトンチンカンであったり、ウソであったりするとシャレにもなりません。国民に対して、誤った情報をあたかも正しい情報であるかのように伝達することになり、このたびライブドアが嫌疑をかけられている風説の流布(法に触れるかどうかは別にして)と同じようなことになってしまいます。

ライブドアに限らず、嫌疑をかけられた者に対してはどのようなことを言ってもいいのでしょうか。検察からの情報であるからといって、そのまま流してしまっていいのでしょうか。20年前の中江滋樹氏(投資ジャーナル事件)、あるいは10年前の私自身の冤罪事件の場合にも、明らかにウソの情報が検察から意図的にリークされ、各マスコミはその偽りの情報を自らは検証することなくタレ流していたのです。
嫌疑者、容疑者といえども、法治国家である以上、守るべき人権があることを忘れてはいけないでしょう。私自身が実際に逮捕され、291日もの間勾留されて、筆舌に尽しがたい苦悩を体験しただけに、他人ごととは思えないのです。

昨日までは、時代の寵児とかIT企業の成功者とかいってさんざんもてはやしておいて、検察が強制捜索に着手するや手の平を返したように、寄ってたかって叩きのめそうとしています。
「溝に落ちた犬を叩く」ということわざがあるように、今回の場合、日頃かわいがっていた犬が、ケガをして溝に落っこちたら、コノヤローとばかりによってたかってブチのめすようなものです。
今のマスコミに、“報道における良識”を求めようとしても、山に登って魚を求めるようなものでしょう。ましてや、“惻隠の情”とか“武士の情”など、死語になっているどころか、マスコミの世界には、あってはならないものなのでしょう。
マスコミとは一体何なのでしょうか。堀江貴文氏とライブドアの虚像を、国民に向って今までもっともらしく喧伝したのは誰でしょうか。
仮に真実、法に触れることがあるとしたら、その責任は第一義的には当然堀江氏とライブドアにあることはいうまでもありません。
しかし、堀江氏をIT企業のパイオニアとかいって持ち上げて、ここまで増長させ、ライブドアの規模をここまで膨れ上がらせる役割の一端を担ってきたのは、他ならぬマスコミなのです。ところが一転して、まるで他人事のように、世紀の大悪人であるかのように堀江氏とそのグループを批難しはじめたのですから、いつものパターンながら、ただ呆れるばかりです。

なかでもヒドイのはフジテレビです。他局に比べて、とりわけ張り切っているようです。アナウンサーとかキャスターが、なんとなくハシャイでいるように見えるのです。
日枝久会長の、してやったりというような顔付きのインタビューを見て、強烈な違和感を覚えたのは果して私だけでしょうか。
確かに昨年のドタバタ騒動の際に、堀江氏にキリキリ舞いをさせられ、煮え湯を飲まされた日枝氏にしてみれば、大いに溜飲が下がったというところでしょう。
それにしても日枝久氏をトップとするフジテレビは、自らが今まで何をしてきたのかよく分っていないようです。困ったことですね。

<付記>
このところ各マスコミからの取材申し込みがきています。今後ともブログ上で、その時々の私の思いを綴っていくつもりですので、個別の取材については遠慮させていただきます。

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ここで一句。

“仕手筋とファンドの違いわからない” -吹田、かっぱんだ。

 

(毎日新聞:平成18年1月20日号より)

(「同じです。昔は総会屋ともいっていました。」-Mファンド代表)

 

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