原発とは何か?-⑨

 この「追記情報」(「東京電力 第87期有価証券報告書(平成22年度)」P.164「独立監査人の監査報告書及び内部統制監査報告書」参照)は、1.から6.に分けて開示されている。このうち、4.~6.についてはとりたてて問題にするほどのものではない。

 問題なのは、1.~3.である。これら1.~3.の追記情報は全て、東京電力が有価証券報告書に記載しているもので、監査人が監査報告書の上でその記載の事実を確認すると同時に追認しているものだ。追記情報の2.と3.は、追記情報1.をいわば補完するものである。従って、1.~3.は一体のものとして考えればよい。



 まず「追記情報」の1.は、「継続企業の前提に関する事項」である。

 継続企業の前提(「継続企業の前提に関する監査人の検討」参照)とは、企業が将来にわたって事業活動を継続するという前提のことだ。分かり易く言えば、企業が破綻することなくこれからも経営がやっていけるという前提である。

 この前提に対して重要な疑義を抱かせるようなことがらが起ったり、状況に陥った場合には、決算を報告する時にその旨を開示することが求められている。日本では平成15年から、その開示が義務付けられることになったものだ。

追記情報のいの一番に載っているのがこの「継続企業の前提に関する事項」である。

“東北地方太平洋沖地震により被災した福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害について、わが国の原子力損害賠償制度上、会社は原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年6月17日 法律第147号。以下「原賠法」という)の要件を満たす場合、賠償責任を負うこととされている。従って、会社グループの財務体質が大幅に悪化し継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような状況が存在している。”

 つまり、大地震によって原発は被害を受けた。原発は被害を受けると同時に大量の放射能をまき散らし、福島を中心とする日本の国土と多くの人々に多大な損害を与えた。原子力損害の賠償については、特別法である原賠法の要件を満たす場合には賠償責任を負うことになっている。賠償責任を負うことになった場合には、会社の財務体質が大幅に悪化し、経営破綻に陥るおそれがある、といったところだ。
 以上のように東京電力は有価証券報告書の上で表明し、監査人はそれを引用して追認している。
 しかし、どこかヘンである。オカシイのである。

 まず、第一に目につくのが、「被災」という表現だ。大地震によって原発が被災した、つまり、多くの被災者と同様に東京電力も被災者、つまり被害者であるという認識だ。
 原発の事故は地震という天災によるものであるから、会社側にはもともと責任はないのであるが、原賠法の要件を満たす場合に限って、損害賠償の責任が生ずるとでも言いたいようである。
 しかし、これは明らかに誤っている。原賠法は、原子力事故に関しては原因のいかんを問わず、原子力事業者に対して無過失かつ無限の賠償責任を課しているからだ。すでに述べたところである(「原発とは何か?-⑥」参照)。
 原子力事故については、人為的なミスによるものであろうが天災によるものであろうがあるいはテロによるものであろうが関係がない。いかなる原因によるものであろうとも電力会社が全面的な賠償責任を負うことになっているのである。
 つまり、原発事故によって発生する損害については、電力会社は文句なしの加害者であるということだ。天災による被害者という認識が入り込む余地はない。

 オカシナ点の第二は、「会社の財務体質が大幅に悪化」すると表明していながら、追記情報1.ではその時点をぼかしていることだ。ただ、追記情報2.で賠償責任を「偶発債務」であると言ってみたり、同3.では「後発事象」と呼んでみたりしているところを考え合わせると(「東京電力 第87期有価証券報告書(平成22年度)」参照)、貸借対照表日(平成23年3月31日現在)においてはいまだ財務体質が悪化していないと表明していることになる。しかし、これは事実に反しており、偽りである。
 3月11日の大地震直後にメルトダウン、原子炉建屋の爆発というチェルノブイリに匹敵するか、あるいはそれをはるかに上回る前代未聞の大事故を起したことは厳然たる事実である。従って、3月31日の決算日までには原発事故の規模の大きさは明らかになっており、事故処理費用は8兆円(原発1基2兆円として)以上と見込まれていたばかりか、事故に伴う損害賠償額が、原賠法に定められた賠償措置額(一事業所1,200億円)を大幅に上回り、これまでの2兆5,000億円ほどの自己資本ではとうてい賄い切れない財務状況に陥っていたことは客観的に見て明らかであるからだ。
 「原発とは何か?-⑦」で述べたように、賠償責任は「後発事象」でもなければ、「偶発債務」でもない。原発事故発生の時点、即ち、平成23年3月期において発生した負債である。賠償金額が確定していないとか、あるいは合理的に算定できないことなど全く関係がない。企業会計の負債の認識はあくまで原因事象(原発事故)の発生時点であって、税務会計におけるような確定債務主義に立脚していないからだ。
 「後発事象」とか「偶発債務」といった、事実ではないことを敢えて持ち出して(虚偽記載)、原子力損害賠償債務(負債)の計上時期を意図的に先送りしているのである。

(この項つづく)

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 ここで一句。

“嘘ひとつ溶かしたコーヒー彼と飲む” -柏原、柏原のミミ。

 

(毎日新聞、平成23年8月28日付、仲畑流万能川柳より)

(嘘ひとつ二人のための潤滑油。嘘のない真実一路でいきづまり。)

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