100年に1度のチャンス -15

 日本の実体経済までが危機に陥る、あるいは、日本も世界的な大恐慌に巻き込まれる、といった実(まこと)しやかな議論がなされています。年が改まったら落ち着くどころか、かえって盛んになってきたようです。
『あのトヨタ自動車までも前期までは2兆円を超える利益(平成20年3月期、税引前当期利益2兆4千億円)を稼いでいたのに、一転して500億円もの赤字見通しになったではないか。自動車関連業界は裾野が広く、日本のGDP(国民総生産)500兆円の10%を稼いでいる、我が国を代表する産業だ。そのシンボル的な存在であるトヨタが赤字に転落するのであるから、日本経済は大変なことになった。』

日本経済が破綻に向って転げ落ちていくと騒ぎ立てている人達の一部は、このように言っていたずらに不安をかきたてています。本当にそうでしょうか。
 確かに、アメリカの自動車業界が総崩れの状態ですから、トヨタ自動車が形の上では世界のトップクラスに君臨しているのは事実ですし、3期続けて2兆円以上の空前の利益を計上したことも事実です。昨年の後半に至り、一転して業績見通しが暗転したことも事実ですし、現時点ではGDPの上からは確かに重要な位置を占めていることも事実です。
 しかし、このような事実を認めた上でも、私には異論があります。

 まず、自動車産業が日本経済の命運を握るほど重要なものなのでしょうか。私には疑問です。このことは自動車に限らず、電気製品とか精密機械についても同様です。ゲームソフトとかアニメなどは言うまでもないでしょう。それぞれの産業が時代の求めに応じてしかるべき役割を果しているだけのことではないか。極論すれば、日本経済を代表する産業などもともと存在しないと考えた方がいいのではないでしょうか。
 それによく考えてみますと、自動車は私達の生活には必ずしも必要なものではありません。ましてや、一家に2台も3台も買い求めるとか、十分な収入とか蓄えがないのにローンを組んで無理をして買うなど、どこかおかしいに違いありません。
 そのような業界のトップに位置するトヨタ自動車が、たまたまバブルの需要に便乗して未曾有の稼ぎをしてきた、つまり、泡銭(あぶくぜに。まともな労働によらないで得た金。-新明解国語辞典)による利益を享受してきたまでのことと考えればどうでしょうか。現在はバブルが弾けて正常な状態に復帰しつつあると考えるのです。つまり、トヨタ自動車の近年の好業績は、日本を含めた世界的なバブルの需要(身の丈(たけ)を超えた需要のことで、濫費、浪費の類です)による「かりそめの業績」であったのではないかということです。消費は美徳、あるいは「まず楽しんで支払いは後」(Enjoy now, Pay later)とか、あるいはステータスシンボルとしての車といったゴマカシのスローガンに踊らされた人々が、返済能力をはるかに超えた借金をしてまで消費に走った結果、トヨタの車が売れていただけのことで、アメリカあたりでは車を新しく買おうにも車のローンがきかなくなり、車の売り上げがパッタリと止まってしまっただけのことではないか。
 トヨタが業績不振に陥った根本的な原因は、会社側が公表しているように、金融危機によってアメリカを中心とした輸出が減ったとか、円高による差損が発生したことではないようです。それだけでは2兆円を超える営業利益が一瞬にして吹っ飛ぶはずがないからです。
 つまり、トヨタの不振はグローバル戦略の名のもとに進められてきた拡大路線の行きづまりが主な原因であった、ズバリ言えば収益構造の硬直化、つまり経営戦略の失敗によるものではないか、これが私の分析結果です(トヨタの有価証券報告書とGMのアニュアル・レポートとの比較分析については、稿を改めて公表します)。そうです、今回の金融危機とは基本的に関係がないということです。

 これまでは超優良企業とされてきたトヨタ自動車が、内実は必ずしもそうではなかった。たまたまバブルの波に便乗して濡れ手に粟(あわ)の利益を得ていただけのことであったとすれば、話が全く変ってきます。これまでの好業績については、企業会計の点からは粉飾決算ではないでしょうが、実体経済の点からすれば、一種の粉飾と称してもいいかもしれません。このような見方ができるとすればトヨタ自動車としては、仮りそめの需要に頼らない、事業体としてあるべき正常な姿に復帰するまたとない契機が与えられたわけですから、会社だけでなく私達一般国民としてもむしろ喜ぶべきことであって、決して、悲観的になって大騒ぎすることではないのです。

(この項つづく)

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 ここで一句。

“泰葉さん あなたフツーに 更年期” -大阪、中川朋子。

(毎日新聞、平成20年12月25日号より)

(渡辺淳一氏曰く、“人間の女性よりは、犬とか猫のオスの気持ちの方がよく分かる”。けだし名言です。泰葉さんもお年には関係ないのかも。)

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