会計工学ことはじめ

“浪々(ろうろう)の 身にうす寒き 時雨哉(しぐれかな)” (秀暁)

などと、いっぱしの浪人気取りでいた私の中に、突如として浮かんできたのが認知会計(コグニッティヴ・アカウンティング)の考えでした(“認知会計の発見”)。有罪判決を受けたことから、長年用いてきた会計士の称号が使えなくなり、さてこれから何をしたらいいのか模索しているときに思いついたものです。

 思えば長い間、会計士としての生活に安住し、制度会計のヌルマ湯にどっぷりとつかっていました。制度会計によっては企業の真の姿が必ずしも把握できないことを感じながらも、それ以上深く追求することなく安易に過していたのです。

 それが突然の資格停止、制度会計のヌルマ湯から放り出されてしまいました。放り出された結果生まれたのが認知会計という訳です。瓢箪(ひょうたん)から駒(こま)、といったところでしょうか。

 認知会計というのは私の造語ですが、企業を含む事業体の真の姿を把握するための方法論とでもいえるものです。制度会計のワク組みを外すこと、具体的には、制度会計の大前提となっている3つの公準(数学における公理のようなものです)、
 つまり、
+継続企業(ゴーイング・コンサーン)の公準
+企業実体の公準
+貨幣評価の公準
を外してしまうことから始まります。
 思いついたのは、今から5年前のこと。認知会計の理論構成の大ワクはその時に出来上がっていましたので、その後事例を取り上げては一つずつ実証を重ね、肉付けをしていきました。つまり実証研究によって理論の確認をしていたのです。事例として取り上げたのは、
 1. ハニックス工業  http://forest-consultants.com/subcatid/18
 2. 西武鉄道  http://forest-consultants.com/subcatid/11
 3. ライブドア(“ホリエモンの錬金術”)  http://forest-consultants.com/subcatid/10
であり、先ほどまで連載してきた
 4. 国交省河川局(“粉飾された2兆円”)  http://forest-consultants.com/subcatid/42
です。

 ハニックス工業の分析で明らかになったことは、倒産の引き金になった国税(マルサ)の告発が偽りであったことに加えて、メインバンクの責任逃れの実態でした。西武鉄道については、西武グループ全体の実像が明らかになっただけでなく、オーナーであった堤義明氏を排除するためにメインバンクによって巧妙に仕掛けられた策謀までが浮かび上がってきました。
 ライブドアの分析では、そもそも東証マザーズに上場したこと自体がインチキ(つまり、もともと会社としての実体がほとんどないようなものを、詐欺的手法でゴマカシて上場させたこと)で、それを糊塗し、更にはオーナーである堀江貴文氏の持株の評価をつり上げるために様々なゴマカシがなされたことが浮き彫りになりました。現在、上告審で争われている堀江氏の刑事裁判は、粉飾と風説の流布という、いわば犯罪構造の一部を取り上げているだけのことです。
 “粉飾された2兆円”で明らかになったのは、典型的な保守王国、島根県で進められている7,000億円にものぼるダムと河川改修事業(斐伊川水系治水事業)が、当初(30年前)から偽りのものであったという衝撃的な事実でした。国交省がデータを隠し、全容を明らかにしないために、やむをえず入手できる限りの資料を手がかりにして、推計の手法をとらざるを得なかったものですが、最近になってようやく、データの詳細が開示されるに至りました。それは、私の推計をしっかりと裏付けるに十分なものでした。開示されたデータの検討を概ね終えましたので、近くその結果を公表いたします。

 認知会計の考えが浮かんでから、それを実際に用いていくつかの事例にあたっていくうちに、それは会計工学(アカウンティング・テクノロジー)とでも言えるものであることに気が付きました。テクノロジー、あるいはサイエンス(科学)としての会計ということです。3年前に、若い情報工学のスペシャリストと出会い、数十回に及ぶミーティングによって気が付いたのです。
 この四年ほどの間、西武鉄道の分析をしたり、あるいはホリエモンこと堀江貴文氏がいかにして巨万の富を手に入れるに至ったのかを分析して公表したのですが、読者の方、あるいはまわりの友人から、

『膨大な労力をかけて、よくボランティアでやれることだ。正義感が強いんだね。』

と皮肉交じりに言われてきました。
 たしかに、私のブログは無料で公開していますし、これらの分析について誰からも報酬をもらっていない点では、ボランティアと似ています。しかし私はボランティアでやっている訳でもなければ、単なる趣味としてやっている訳でもありません。もちろん社会正義のためでもありません。
 資格停止中に思いついた認知会計、あるいは会計工学を実践的な理論として確立させるための実験的な試み、つまり確認作業だったのです。職人としての会計士を自任している私にとって、会計工学の確立は会計士人生の集大成となる予感がしています。

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 ここで一句。

“しゃしゃり出る クセが治らぬ 小泉氏” -京都、東原佐津子。

 

(毎日新聞、平成20年8月24日号より)

(失われた5年間。羅針盤に欠けた、行き当りばったりの、改革という名の破壊。)

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