粉飾された2兆円 -14

 これまで私は、斐伊川水系全体の経済効果について考えてきました。国交省が公表している2兆円という経済効果は、現実にはあり得ない架空の数字であることを示し、その上でこの事業の経済効果を推計し、最大でも322億円を超えないことを示しました。公表されている2兆680億円は、推計値である322億円の64倍にも相当するヒドイもので、推計されるB/C比率は基準値である1を大幅に下回り、0.05になることを明らかにしました。

 これらのことは、6,000億円にものぼる水系全体の治水事業の継続に赤信号を付けるものであり、単に大橋川改修事業だけの問題ではないことも論じたところです。

 さて、ここで、大橋川改修事業だけに絞って、経済効果を算定し、この事業の是非について考えていくことにします。
 こと治水に関する限り、大橋川改修事業は専ら松江市だけの問題で、上流域にある雲南市とか出雲市には関係がありません。下流域にある鳥取県側にはそれなりの影響が及ぶ(つまり、河川改修を行って水はけを良くすれば下流域では浸水の可能性が高まるということです)のですが、ここでは取り敢えず松江市だけに焦点を合わせて経済効果を推計いたします。

 まず、松江市と洪水との関係について考えてみますと、-
 古い時代から暴れ川として知られた斐伊川本流は、もともと宍道湖に流れ込んではいませんでした。出雲市内を流れて直接杵築(きづき)湾(日本海)に注いでいたのです。
 それが、寛永12(1635)年の大洪水を契機として突如流れを東に変え、宍道湖に流れ込むようになりました。今から370年ほど前の出来事で、斐伊川の東流と言われているものです。
 はじめのうちは8本の流れに分かれていましたが、東流を固定化するために一本の流れにする工事が行なわれました。当時の松江藩主、京極若狭守忠高による堤防の構築が始まり、寛永16(1639)年には斐伊川本流の水は全て宍道湖に注ぐようになったのです。
 実は、松江市が大きな洪水に見舞われるようになったのは、斐伊川本流の水が全て宍道湖に流れ込むようになった寛永16年からのことであると言われています。松江市だけではありません。下流域の中海・弓ヶ浜まで洪水が及ぶようになったのです。
 その後、松江藩は数々の治水工事を行っていますが、松江市街地にとって最も効果的であったのは、佐陀川の開削工事でした。天明(1785)5年に開削が着手され、2年後に完成したものです。
 すでに述べたように、この開削工事の洪水緩和効果は大きく、工事が完了してから、明治26(1893)年までの100年ほどの間、松江市街地は壊滅的な大洪水に見舞われてはいません。

 以上のような歴史的経緯を踏まえた上で松江市の洪水について考えてみますと、その主な原因は中国山地に降り注いだ雨が斐伊川本流に集まり、宍道湖を経由して松江市の大橋川に流れ込むことにあります。
 ここでデータをチェックしておきます(「斐伊川水系河川整備基本方針」平成14年4月、国土交通省河川局。以下、『基本方針』といいます。)。『基本方針』によれば、150年に一度の確率で起る豪雨による大洪水(これを防ぐのがこの治水事業の目的とされています)とは、
-斐伊川本流に毎秒5,100トン
の水が流れることとされています。
 この水を上流部にダム(尾原ダム)を造ることによって、毎秒600トン軽減し、更に中流域に放水路を開削して、神戸川を通じて日本海へ毎秒2,000トン放流するというのが、『基本方針』が示しているダムと放水路事業の骨子です。つまり、毎秒5,100トンの水が宍道湖に流れ込む前に、毎秒2,600トン(600トン+2,000トン)だけカットされるということです。2,600トンといえば、5,100トンの51%ですから、大洪水のときの斐伊川本流の水量の半分以上がカットされて宍道湖に流れ込まないようにすることを意味しています。

 一方、大橋川の流量(洪水時の排出可能量のことです)は、毎秒1,400トンとされています。尚、この毎秒1,400トンについて言えば、『基本方針』で示されている毎秒1,600トンという数値は大橋川を改修した結果のものですので、“大橋川の一部拡幅・掘削に相当する流量である約200トン”(松江市議会における国交省の説明資料、平成19年11月8日)を差し引いて毎秒1,400トンとしたものです。
 また、大橋川に流れ込む前の放水路である佐陀川の流量は、『基本方針』においては毎秒110トンとされています。
 ところで松江市街地の洪水の防止に関して言えば、メインの川である大橋川の流量を大きくするか、あるいは、大橋川に流れ込む前に水量をカットすればいい訳です。

 以上のことを前提として考えれば次のように言うことができるでしょう。
 斐伊川本流の水が宍道湖に流れ込む前に、ダムで毎秒600トン、放水路で毎秒2,000トン、カットすることは、こと松江市街地の洪水ということに絞って考えれば、毎秒1,400トンの排水能力を持っている現在の(つまり改修しない状態ということです)大橋川に相当する放水路を新たに一本作り、その上に、毎秒110トンの排水能力を持っている佐陀川に相当する放水路を新たに11本も作ることと同等である((2,600トン-1,400トン)÷110トン=11)ということです。
 この意味するところは明らかです。メインの排水機能を持っている大橋川に相当する放水路を新たにつくり、江戸から明治にかけて松江市街地の洪水緩和に多大の貢献を果し、かつ現在も果し続けている運河・佐陀川に相当する放水路を新たに11本も作って中海を経由しないで直接日本海に排水できるようになる(これが尾原ダムと放水路の洪水抑止効果と同じものです)とすれば、長年水郷に住みついてきた私達地域住民の実感としては、そこまでする必要があるのか、という思いになるのです。松江市を洪水から守るためであるならば、そこまでしなくてもいいではないかというのが素直な気持でしょう。

(この項つづく)

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 ここで一句。

“一生じゃ 疲れるだろう 「うの」のハズ” -横浜、高田弄花。

 

(毎日新聞、平成20年5月2日号より)

(一生どころか一日だって。猛獣使いの仕事です。)

***<今の松江> (平成20年6月11日撮影)
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^cx^米子町の堀川
^cx^新米子橋(米子町)
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^<%image(20080722-399.jpg|320|240|米子町の堀川)%>
^<%image(20080722-400.jpg|320|240|新米子橋(米子町))%>
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^cx^甲部橋(母衣町)
^cx^東本町5丁目の堀川
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^<%image(20080722-402.jpg|320|240|甲部橋(母衣町))%>
^<%image(20080722-404.jpg|320|240|東本町5丁目の堀川)%>
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