134 自弁品アラカルト -その2

***5.自弁品アラカルト

****2)その2

 「被勾留者所内生活の心得」の35ページから37ページにかけて、拘置所内で使用できる衣類と寝具が列挙されていた。

 驚いたのは、下着類の中に、ズロース、サルマタ、越中ふんどしとか腰巻(女)が書き出されていることであった。第二次大戦中とか戦後しばらくの間であるならばいざ知らず、奇跡的な高度経済成長を遂げ、世界の先進国の仲間入りを果した平成の日本にあって、このような古典的とも言える下着の名前が現実に目の前に現れてきたのである。

とうの昔にこのような下着風俗はすたれ、ズロースとか腰巻のような言葉は文学作品の中にのみ生きているもので、現実生活においては死語になっているものとばかり思っていたが、どっこい、塀の中でしっかりと生きていたのである。
 最近になって分かったことであるが、現在でも越中ふんどしが市販されているらしい。一風変ったユニークな国語辞典として知られている「新明解国語辞典」第四版によれば、越中ふんどしのことを”デパートでは「クラシック・パンツ」という”のだそうである。

*****(別表3)衣類と寝具
******1.和服類
^^t
^cc^(品目)
^cc^(数量)
^cc^(備考)
^^
^長着(ながぎ)
^1
^-
^^
^羽織
^1
^-
^^
^半てん(ちゃんちゃんこを含む)
^1
^-
^^
^じゅばん
^1
^-
^^
^帯
^1
^出廷の際に限り使用を許可
^^
^帯あげ(女)
^1
^出廷の際に限り使用を許可
^^
^伊達巻(女)
^1
^出廷の際に限り使用を許可
^^
^帯じめ(女)
^1
^出廷の際に限り使用を許可
^^
^腰ひも(女)
^1
^出廷の際に限り使用を許可
^^/
******2.洋服類
^^t
^cc^(品目)
^cc^(数量)
^cc^(備考)
^^
^スーツ又はこれに代わる服(上下)
^1
^-
^^
^トレーニングスーツ
^1
^-
^^
^チョッキ
^1
^-
^^
^オーバー又はコート
^1
^-
^^
^ジャンパー
^1
^-
^^
^ズボン又は半ズボン
^2
^-
^^
^セーター又はカーディガン
^2
^-
^^
^ワイシャツ又は開襟シャツ
^2
^-
^^
^ブラウス(女)
^2
^-
^^
^スカート(女)
^2
^-
^^
^ガウン
^1
^-
^^
^スポーツシャツ
^2
^-
^^/
******3.下着類
^^t
^cc^(品目)
^cc^(数量)
^cc^(備考)
^^
^メリヤスシャツ、ランニング
シャツ又はこれに代わる下着
^3
^-
^^
^メリヤスズボン下、ステテコ
又はこれに代わるももひき類
^3
^-
^^
^パンツ、パンティー、ズロー
ス、サルマタ、越中ふんどし類
^4
^-
^^
^足袋又は靴下(短靴に限る)
^2
^-
^^
^ブラジャ(女)
^2
^-
^^
^シュミーズ又はスリップ(女)
^3
^-
^^
^パンティストッキング(女)
^1
^出廷の際に限り使用を許可
^^
^腰巻(女)
^2
^-
^^
^生理帯(女)
^2
^-
^^
^足袋カバー(女)又は靴下カバー
^2
^-
^^
^タイツ
^1
^-
^^/
******4.寝具類
^^t
^cc^(品目)
^cc^(数量)
^cc^(備考)
^^
^敷布団
^1
^-
^^
^掛布団(襟布を含む)
^2
^-
^^
^毛布又はタオルケット(襟布を含む)
^2
^-
^^
^敷布
^1
^-
^^
^枕(枕カバーを含む)
^1
^-
^^
^寝衣、パジャマ(上下)、ネグリジェ(女)
^1
^-
^^
^丹前
^1
^-
^^/
******5.その他
^^t
^cc^(品目)
^cc^(数量)
^cc^(備考)
^^
^座布団(カバーを含む)
^1
^-
^^
^腹巻き(毛糸製に限る)
^1
^-
^^
^手袋
^1
^-
^^/
 私が松江地検に逮捕されたのは、平成8年1月26日のことであった。53歳、今より10歳も若かった。
 逮捕など全く想定していなかったので、そのショックたるやたいへんなものであった。そのためであろうか厳寒の最中だというのに、火の気の全くない独房に放り込まれても当初はさほど寒さを感じなかった。ショックが寒さを凌駕したのである。
 ところが一日経ちパニック状態がおさまってみると、寒さが急に気になってきた。持ち込んだ毛皮のコートを着ていても寒さがおさまらない。

 逮捕3日目は日曜日であった。午後4時頃(拘置所内では時計の所持ができないので時間は推定するしかなかった)、中村寿夫弁護士が面会に来てくれた。接見禁止となっていたため家族との面会はできず、面会できるのは弁護人だけだったのである。
 寒くて仕方ないので防寒衣類を一式差入れるように、家族への伝言を依頼。とくに下着については冬山登山用のものを注文した。

 翌月曜日に差入れがあった。しかし、担当看守から私に差入れの通知がなされたのは、一日経った火曜日の午前10時半ごろであった。担当看守に直ちに部屋に入れて欲しい旨申し向けたところ、なんと次のような言葉が返ってきた。
「願箋を書いて願い出るように。一週間はかかるんじゃないかな。」
 看守のノーテンキな言葉を聞いて、逮捕勾留という一連の理不尽な出来事に苛ついていた私はキレてしまった。勝手に身柄を拘束し、鍵のかかった火の気のない部屋に放り込んでおいて、一体私をどうしようというのか。小さいときから私は虚弱体質で気管支が弱く、しかも、このときは風邪にかかっていたのである。
 このままの状況におかれると、風邪が悪化し肺炎になったり、あるいはその他の病気を誘発しかねない。こんなところで体調を崩して廃人になったり、のたれ死にさせられたりしたらたまったものではない。

 看守を叱りつけたり、あるいは口頭で文句を言ったりすると、規則によって懲罰が待っている。このため、不服申立をすることにした。
 看守に対して不服申立をしたい旨を申し向けたところ、看守の顔がひきつり、態度が急変した。一瞬の間をおいてから看守は何も言わずに監理棟へ駆け込んでいった。
 しばらくすると、看守は一人の人物を連れて戻ってきた。看守服ではなく背広を着た男で、総務課長と名乗った。
「寒さで震えている私のために家族が暖かい下着などを差し入れてくれたのに、一週間も待たなければ身につけることができないと言われた。病気が悪化し、重大な事態に陥るおそれがある。命にもかかわる明白な人権侵害であるので、法にもとづく不服申立てをしたい。」
 私は、不服申立ての趣旨を口頭で述べ、申立ての用紙を要求した。
 私の言葉を聴き終った総務課長は、
「中村弁護士のことは個人的にもよく知っている。自分の責任でなんとか今日中に部屋に届くように手配するので了解して欲しい。」と、何だか訳の分からない理由を口走りながらも約束してくれた。このため申立て用紙の交付請求は撤回し、不服申立てはしないことにした。

 差入れの衣類が入房したのは、その日の閉房点検が終った午後5時すぎのことであった。下着、丹前、ズボン、ジャンパー、手袋である。
 直ちに下着とズボンを着替え、ジャンパーを羽織った。下着を2枚重ねにしたところ、身体がポカポカと暖かくなり、気持まで爽やかになってきた。名状しがたい幸福感が私の全身を包んだ。

 

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