郵政民営化 -2つのゴマカシ

小泉自民党は、8月19日に衆院選のマニフェストを公表しました。

このマニフェストには各分野についてもっともらしいことが数多く盛られているのですが、小泉さんが今度の選挙の最大の争点にしようとしている「郵政民営化」に焦点をあてて考えてみましょう。

このテーマについては、マニフェストのトップに「郵政民営化に再挑戦」として掲げられ、「郵政民営化の流れ」と題する図表を添えて、“参議院において否決された民営化関連六法案を次期国会で成立させる。”と記されているにとどまり、それ以上の具体的なものが示されていません。

このように「郵政民営化法案を次期国会で成立させる」ことを公約として掲げている訳ですが、これには2つのゴマカシがあります。

一つは、小泉さんの得意な論理のすりかえがなされていることです。
法律が成立するためには、二院制をとっている日本国憲法のもとでは、衆議院の決議だけでなく参議院の決議も必要とされています。
仮に小泉さんが目指しているように、今度の選挙で自公両党で過半数の議席を獲得し、衆議院で法案が可決されたとしても、参議院は何ら変らないのですから、参議院で再び否決される可能性が大きいのです。たしかに参議院で否決されても、再び衆議院で3分の2以上の賛成があれば、法律は成立するのですが、小泉さんはそこまでは考えていないようです。彼は、政権与党で過半数の議席が獲得できなければ辞任すると言っている(選挙で負けて下野することは当り前のことで、まなじりを決して言うほどのことではありません)ものの、それ以上のこと、つまり3分の2以上の議席の獲得については言っていないからです。
そうしますと、いくら次期国会で成立させると約束してみたところで、この公約の実現可能性は極めて小さいと言わざるを得ません。したがって、自分たちのスローガンとして掲げるのは勝手ですが、とても国民との約束であるマニフェストと言えるようなものではありません。
武部幹事長は、衆院選で郵政法案について賛成の民意が示された場合には、参議院も自然にそれに従うべきである、などと訳の分からないことをしゃべっています。しかし、それは単なる希望的観測の域を出るものではなく、現実化する保証が全くないのです。

二つ目のゴマカシは、財政改革の最優先テーマとして掲げている郵政民営化そのものの内容が空疎でいいかげんなシロモノであることです。
民営化法案の中味がゴマカシであり空疎なものであることは、実は小泉さんが示したマニフェストをよく読んでみますと、マニフェスト自らが告白しているのです。

“公会計・「国家財政ナビゲーション」の整備”の項目のもとに

「各省庁の財務状況に関する説明責任の明確化等を目的とした省庁別財務書類調製の取り組みを進めるとともに、国の財務状況を開示する財務書類を作成・公表する。」

と約束しています。
これは一体何を言っているのでしょうか。典型的な役人の作文をそのまま持ってきたもので、一読しても何のことかよく分かりませんね。
従って、分かり易く普通の言葉で言い直してみますと、

「省庁別あるいは国全体の財務状況を説明するもの(貸借対照表のことです)が存在しないので、今後その作成にとりかかり、できあがったら公表する。」

といったところでしょうか。
驚きましたね。国の財務状況を説明する資料が作成されていない、というのですから。

たしかに国の予算にせよ決算にせよ、資金収支計算をベースとした単年度主義が基本になっていますので、収入と支出(フロー)に重点が置かれ、資産とか負債の残高(ストック)については個々には把握できているにしても、省庁別あるいは国全体の一覧表(バランス・シート)を作ろうとする発想がなかったことは事実です。
更には小泉さんの言うように、国債などの借入金が、国だけでも781兆円(平成17年3月末。財務省「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」より。参照:『日本の借金』時計)、地方自治体の発行する地方債などを加えるとゆうに1,000兆円を超え、単年度のプライマリー・バランス(基礎財政収支)は悪化の一途を辿っている現状を考えれば、国の財政構造に大ナタをふるい財政改革を目指すことは当然のことですし、必要なことです。
しかし、国の抜本的な財政改革を考える場合、最低限必要なことは、現在の財務状況がどのようになっているのか、まず明確に把握することです。認知会計(コグニティブ・アカウンティング)における資産と負債の棚卸し(インベストリー)のことであり、それらの洗い直しのことです。どのような組織であろうとも、財政の改善を図るためのメスを入れる場合には当然のことです。
それが現時点で国の財務状況を明確かつ明瞭に示す資料ができあがっていないというのですから、先の国会で廃案になった「郵政民営化法案」なるものは、国全体の財務状況とは整合性のある形でリンクしていないことを意味します。つまり、この法案は、国全体の財務状況とは関係のない次元でつくられていることをマニフェストの中で自ら告白しているのです。

考えてみれば、国全体の財務状況を示す財務諸表など、改めてマニフェストに掲げるまでもなく、首相が方針を示して各省庁に指示すれば簡単にできるものです。
官僚に対しては天下りとか政財官の癒着とか、数々の非難が向けられてはいますが、日本の官僚が世界的に見ても極めて有能なグループであることには定評があります。彼らは、一般会計だけでなく、伏魔殿と言われている特別会計、更には関連団体、会社までも含めた、いわば国の連結財務諸表など、最優先課題としての命令さえうければ、直ちに作り上げることでしょう。二ヶ月もあれば十分でしょうね。
小泉さんは、首相になってから4年余りの間に、その気にさえなれば、簡単に、国の財務状況を把握する資料を手にすることができたのです。
しかし、彼は、このような必要不可欠の手順を踏むことなく、ヤマカンで郵政民営化に突き進んでいるようです。暗闇の中を走り回るようなもので、危険なことこの上もありません。

単に現在の郵政公社を民営化するだけであれば、あるいはそれでもいいかもしれません。しかし、小泉さんは街頭演説において、

「このたびの選挙は、郵政民営化に賛成か反対かを問う選挙である。改革に賛成するか反対するか、改革派なのか、改革を阻止しようとする抵抗勢力なのかが問われている。郵政民営化さえできないようでは、財政改革なんかできない!」

と盛んに喚いています。
つまり、小泉さんはこの法案をそれ以上のものにまつりあげ、あたかもこの法案が日本の将来の財政を左右する要のものであるかのように議論をすりかえているのです。
小泉さんは、郵政民営化に賛成か反対か、財政改革に賛成か反対か、改革賛成派か旧来の利権にしがみつく抵抗勢力か、といったように、どんどん論理を飛躍させ、スリ替えているのです。街頭演説で、髪をふり乱して、首筋に太い血管を浮き上らせて絶叫しているのを見ますと、小泉純一郎という人は、自分のしゃべっていることがゴマカシであり、論理をスリ替えたまやかしであることに気がついていないようです。困ったことですね。
つまり、郵政民営化法案自体は、それぞれの立場があるでしょうから、可決されようと否決されようと国会の意思に従えばいいでしょう。
問題なのは、それを国全体の財政問題であるかのように偽って強弁していることです。仮に、小泉さんがそのように主張するのであれば、何故そうであるのか、それについての具体的な説明を国民に向ってしなければいけませんが、マニフェストにおいても街頭演説においても、全く説明されてはいないのです。もちろん、先の国会における審議の中でもなされてはいません。
実のところ彼には説明しようにも説明できないのでしょう。いまだ国全体の財務状態が明確に把握されていないのですから。

この二つ目のゴマカシは郵政民営化論議の根幹にかかわるものです。何故このようなゴマカシがまかり通っているのでしょうか。不思議なことですね。
私なりにその理由を憶測してみますと、小泉さんの手先になって動いている担当大臣の竹中平蔵さんが会計のイロハをご存知ないからでしょう。
竹中さんは、相当以上に偏った経済学をふりまわすことはできても、商業高校程度の簿記さえもご存知ないのでしょう。
それにしても、自民党のマニフェストから明確に浮き上がってくるこのゴマカシについては、今のところ民主党をはじめどの政党も気がついていないようですし、マニフェスト選挙とか言って大騒ぎしている各マスコミも同様です。

小泉純一郎さんは、昭和17年生まれで、私と同い年です。この人は国民を少しバカにしていませんか。とりわけ、私のような無党派層をナメているのではありませんか。
終りに一言、同年輩の無党派層の一人として申し上げます、-

“なめたらあかんぜよ!”

―― ―― ―― ―― ――

ここで一句。

“You say kaisan I am sorry” -牛久市、桐ケ谷保子。

 

(朝日新聞:平成17年8月14日号、朝日川柳より)

(選者評に曰く、郵政解散アイアム総理。加えて、ソーリ、ソーリ、遺憾です。)

 

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