一億円を捨てた男

かつて一億円の現金を、兜町(かぶとちょう)の路上で拾った大貫某なるタクシーの運転手がいました。遺失物として警察に届けられ、大騒ぎになりましたが期限内に所有者が名乗り出なかったため、全額が運転手のものになったいわゆる一億円拾得事件です。

 大貫某なる人物がしばしばマスコミに登場し、ランニングをして身体を鍛えたり、日本刀を振りかざしたりと、ユニークなパフォーマンスを展開したことから、各種のマスメディアが派手にとりあげ、全国的に大きな話題になったものでした。

 拾った大貫某もさることながら、道端に一億円もの現ナマを忘れていったのは一体誰だろうかということで、各マスコミは懸命になってその所有者を探しましたが、結局ウヤムヤのままに終ったようです。



 一億円といえば大金です。落とした者が気づかない訳がありません。実は、私も面識があったある相場師の配下の者が、決済資金として運んでいた途中に、ほんの一寸の間、ガードレール上に置いたスキに持っていかれてしまったというのが真相でした。10秒前後のことであったそうです。

 真の持ち主として警察に届け出て、拾った人に一定の謝礼金を支払えば、大半のお金は返ってくるわけですが、この相場師は敢えてそれをしなかった。何故、届け出をしなかったのでしょうか。届け出をし、名乗りでた場合、当然のことながら資金の出所を明らかにしなければなりません。この相場師には資金の出所を明らかにすることができない理由があったのです。



 当時この相場師はかなり大きな相場を張っており、多くの顧客の資金を預って運用していました。20口以上の仮名口座を使い分けて相場を仕切っていましたが、一億円の出所を明らかにすることによってそれらが全て白日のもとにさらされるおそれがありました。そうなれば、彼を信頼してまとまったお金を預けていた顧客にまで累が及び、迷惑をかけてしまうと判断したのでしょう。

 株式市場に流入していた資金で、個人の相場師のところに入ってくるものは、ほとんどが裏金でしたので、相場師としての彼の判断はむしろ当然のものでした。



 彼は、一億円の身銭を切って顧客に弁済し、その顧客だけでなく、他の顧客の秘密を守りました。このことによって、この人物の評価は一段と高くなり、資金流入のパイプが更に大きくなり、その後も数々の相場を手がけていきました。

 キチンとした計算をしないで、大雑把にお金のやりとりをすることを、俗にドンブリ勘定といいます。この相場師の場合、大雑把な度合いが一ランク上のバケツ勘定といったところでしょうね。彼のバケツは一応底がついていましたので、なんとか相場師を続けていくことができたようですが、中には始めから底のないバケツでせっせと顧客から大金を集めては金をバラまいて失敗していく連中もいたようです。

 まさに、事実は小説よりも奇なり、といったところでしょうか。



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 ここで川柳を一句。
“紅白の舞台の裏で動くカネ” -成田、離らっくす(毎日新聞:平成16年8月24日号より)



(シーザーではありませんが、NHK、お前もか!!)

 

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