046 拘置理由開示の裁判

****4) 拘置理由開示の裁判

一、 平成8年2月2日、起きて窓外に目をやると、雪が降っていた。この日は、午後拘置理由開示の裁判が予定されていた。

 いつもより早く、戸外運動場に連れ出され、粉雪の舞う中で、30分程、大きな声でエイッ、エイッとかけ声をかけながら、天突き体操、舟こぎ体操をした後、ジョッキングをする。

 

 8m四方の運動場は高さ2m位のコンクリート壁に囲まれており、小分けにしたいくつかの運動場が見渡せる位置に看守がすわり、かけ声をかけて監視していた。

 囲われた運動場の中の一部にビニールの屋根があった。そこにつららができていた。つららを見るのは何年ぶりのことであったろうか。

 看守によると、昨夜は気温がマイナス5度まで下がったという。寒いはずである。

 30分程の運動によって身体が汗ばんでくる。運動時間中に、看守から爪切りを借り受け、逮捕以来はじめて、爪を切る。

 運動の後、囲いを出たところで、リゴール液によるうがいをして、独房に帰る。



二、 午後1時10分、拘置理由開示の裁判が開廷される5分前に、私は看守に率いられ、松江地裁1階の鉄格子の部屋から階段を歩いて、3階の第31号法廷に入った。

 傍聴席は満席であった。30人位きていたのであろうか。

 入廷時は手錠腰縄状態であり、傍聴人の見ている前で外された。さらし者である。



三、 裁判は5分遅れの午後1時20分開廷。辻川昭裁判官。私は、被疑者として意見陳述を行った。『今般私にかけられた容疑は、2年4ヶ月前に着手された広島国税局の査察に端を発するものである。
 そのとき関係資料は全て押収され、更に国税当局による尋問がなされ、質問顛末書の形で残っている。
 その上、私は国税当局の求めに応じて7万字に及ぶ申述書を作成して、提出し、積極的に捜査に協力してきた。
 このたびの家宅捜索で、再び関係資料のみならず無関係のものまでも押収され、私の手許に残っているものは何もない状況である。
 逮捕されて今日で8日、連日連夜の検事の取調べに対して素直に応じており、検面調書もすでに20通はこえている。
 私は不正なことをしているつもりは全くないので、関係者と口裏を合わせるようなことはしたことがないし、今後ともするつもりはない。
 一時も早く、私を釈放せよ。』

四、 辻川昭裁判官は、「容疑に対する4人の身柄留置は相当な理由があり、罪証隠滅の恐れもある」と述べるにとどまり、検察側も「捜査にかかわる」として、具体的な理由を明らかにしなかった。これまた、単なる一つの儀式にしかすぎなかった。

五、 午後1時40分、閉廷。

 看守は、私に傍聴席にふり向くことを許さなかった。

 退廷するとき、中村弁護人が看守に、「皆さんに会釈することは許してあげて下さい」と口添えしてくれたものの、わずかの時間しか振り向くことができなかった。若い看守がすぐに私を引きたてていったからである。

 ふり向いて会釈した瞬間、高庭敏夫会計士、U鑑定士、岩本久人氏、M建築士、妻、次男の学、Y先生の姿だけが確認できた。

「頑張って、がんばって!」 ― 口々に声が飛んだ。私の両眼に涙が溢れ、視界がかすんだ。それぞれの人達の思いが私にストレートに伝わってきた。

 帰りの移送車の中でも涙がとまることはなかった。

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