045 勾留請求の裁判



****3) 勾留請求の裁判

一、 平成8年1月27日、逮捕された翌日の午後7時頃、私は手錠・腰縄つきでワゴン車に乗せられ、松江刑務所拘置監から松江地方裁判所へ移送された。勾留請求の裁判のためである。裁判所に着いたのは午後7時半であった。

二、 中村弁護人が面会にきてくれた。

 昨日聞いた2人(私を含めると3人)に加えて、昨日の夕方、組合の増田常務も逮捕されたことを知る。私に全幅の信頼を置いてくれた人達が次々と逮捕され、やり切れない気持ちに陥った。

 中村弁護人は、この日マスコミを集めて記者会見をし、「明らかな別件逮捕であり、不当である。犯罪事実は全くないので、直ちに全員釈放すべきである。」旨述べたと話してくれた。



三、 面会室から、1階の面談室に移され、勾留請求の裁判が始まった。

 一人の裁判官が容疑事実について簡単に質問をし、書記が調書にとっていた。その間、15分。おざなりを絵にかいたような単なる儀式であった。



四、 夜中の11時すぎに、熟睡していた私は、夜間担当の看守にたたき起こされ、独房から管理棟の別室に連れ出された。

 そこで、看守立会のもとで、主任らしき人物から、拘置決定の告知と接見等禁止の告知がなされた。決定番号は、平成八年(む)第2号であった。



五、 平成8年1月28日、この日は日曜日であったが、中村弁護人の面会があった。



「拘置請求に対する異議申立(準抗告申立)をした。準抗告申立書を房内に入るように差し入れしておいたが、異議申立が認められるのは、0.27%位のものであるので、期待しないように。」



 私は、中村弁護人に、寒くて仕方がないので、丹前、ジャンパー、下着などできるだけ暖かいものを差入れるように依頼した。他の逮捕されている3人にも、同じ手配を頼む。



六、 中村弁護人から、仕事の都合で、2日程面会に来ることができないと聞いたとき、私は思わず大粒の涙を流した。接見は弁護人しかできず、中村弁護人は、その時唯一人の頼みの綱だったからだ。

 私は、小さいころから泣き虫で、涙もろかった。それが、突然逮捕され、十分な心の整理ができていない状態であったので、感情の起伏は激しくなっており、なにかあると、すぐ涙が出るようになっていた。

 ちょっとした人のやさしさとか思いやりに触れると、自動的に私の眼は涙で溢れるようになっていたのである。今にして思えば、一種の拘禁症にかかっていたのであろうか。

 

七、 平成8年1月30日、松江地方裁判所は、拘置請求の却下を求める準抗告を棄却した。却下の理由は、検察側の偽りの主張をそのまま鵜呑みにしたものであった。

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