脱税摘発の現場から-2

***2.最近の相談事例

 最近私のところに寄せられてきた脱税事件の相談は10件余りである。事例の中にはどのように釈明しても言い訳の通らない、明らかな脱税があったし、中には脱税にからんで許しがたい反社会的な行為をしているケースもあった。私はそのようなケースについては全て関与するのを断ることにしている。私の役割は脱税をモミ消したり、犯罪を糊塗したりすることではないからだ。

 しかし、寄せられてきた相談の大半は、脱税(不正)どころか、そもそも税金をかけること(過少申告加算税の対象となること)さえ疑わしいものであった。そのような相談に接するたびに我が目と耳を疑い、絶句した。明らかな冤罪である。脱税に関して冤罪がデッチ上げられたのは、決して私一人ではなかったのである。

 北は札幌国税局をはじめ、東京国税局、名古屋国税局、大阪国税局、広島国税局と、ところも変れば税目も変っており、内容も様々である。
 しかし、一致しているのは、何故このようなものを敢えて不正と認定して、脱税犯として訴追したのか不可解であったことだ。中には私のケースと全く同様に、事情をよく知らない関係者を脅したり騙したりして無理矢理事実とかけ離れた、あるいは事実に反する質問てん末書(査察)とか供述調書(検察官)を創り上げているケースがあった。証拠の捏造である。
 あるいは、ストック・オプションに関する脱税事件にいたっては、給与所得ではなく一時所得として申告したことをとらえて、不正と認定するなど、およそ考えられないようなケースもあった。
 そもそもストック・オプション課税については、国税当局自ら一時所得とするように指導してきたところであり、近年急に解釈を変更して給与所得として課税するようになったものだ。今でも学説としては、一時所得とする見方が根強く残っているものであり、単に更正処分をして追徴するだけならばまだしも、一歩踏み込んで不正認定をして刑事訴追までするなど、行き過ぎもいいところである。
 この2つのケースは共に追徴されただけではなく刑事法廷の場で裁かれ、エスカレータ式にことが運び有罪の判決が下されている。

 かつて私の事件と同じ頃に、九州の開業医が脱税で摘発され、刑事訴追されて、最高裁まで争ったものの有罪が確定したことがあった。私は第一審では本件である査察事案については無罪となったが、付録のようにくっつけられた件が脱税であると認定されて有罪とされてしまったことを受けて、税法学者としての鑑定意見を求めて、日本税法学の第一人者であり、北野税法学を樹立されていた故北野弘久先生のもとを訪ねたときのことであった。九州の開業医の脱税事件には、北野先生も深く関与されており、私もその事案を先生から直接お聞きして、その概要を把握した。
 この事例は北野弘久著「税法問題事例研究」(勁草書房)で詳しく紹介されているが、北野先生が冤罪であるとして憤慨されており、当の開業医も

「こんなヌレギヌを着せられたままでは、死んでも死にきれない」

と慨嘆なさっていたという。
 たしかにヒドイものであった。自費診療分の収入金が脱漏したことを疑われたものであるが、何のことはない、収入金が漏れていると同時に、全く同じ額の必要経費が漏れていただけの話であった。一言で言えば密告を真に受けた査察官の一人合点であり、予断にもとづく思い込みであった。開業医の妻がプライベートに作成していたノートを、愚かな査察官が「B勘」(裏帳簿のこと)と早トチリしただけのことである。不正(脱税)でないだけでなく、追徴課税さえすべきではないもので、北野先生はこのノートのことを、所得税法施行規則57条1項の「正規の簿記の原則」にもとづく簿記であると論述されている。けだし正論である。
 この開業医は長年地域医療に携ってきた、地元の名士である。それが、ヌレギヌを着せられて一瞬のうちに奈落の底につき落された。私も実際に逮捕され刑事法廷に引きづり出された苦い経験を持っているだけに、私とは違い文字通り功なり名をとげた感のあるこの開業医の慨嘆が一入(ひとしお)身にしみたものであった。

(この項つづく)

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 ここで一句。

“エリカ様 様をつけられ 様になる” -大田、松浦輝美。

 

(毎日新聞、平成22年7月10日付、仲畑流万能川柳より)

(エリカ様、様をなくして今いずこ。)

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