冤罪の構図 -4

 検察当局はかねてから田中森一弁護士にネライをつけ、何かあれば摘発しようと手ぐすねひいていた節があります。違法に押収した私の報告書に対して、中島行博検事が単なる興味以上の関心を示したのも、そのような背景があったからでしょうか。

 『手形事件の顛末』と題したレポートは、A4版で18ページ。(資料1)から(資料20)までと、多くの証拠資料を付したものです。検事が作成するような、いいかげんな調書とは訳が違います。捏造した証拠とか口裏合わせのインチキ供述を、パッチワークのようにつぎはぎしてデッチあげたものではなく、手形とキャッシュの流れを克明に辿り、事実をして語らしめたものだからです。

松江刑務所の取調室で、中島行博検事が、私のレポートを前にして 『それにしても、山根はよくここまで調べ上げたな。感心するよ。これだけでも立件できるんじゃないか。』

と水を向けてきたとき、次のように申し向けて釘をさしたことを鮮明に覚えています。 『この手形事件は私の逮捕容疑とは全く関係ないことだ。その上、会計士には守秘義務があるため、いくら検事から言われても話すことはできない。
 このクライアント(顧客)は、ヤクザと怪しげな弁護士に食いものにされた被害者だ。私が関与するまでに少なからぬ金銭を捲き上げられているが、現在はともかく一件落着している。幸いにもマスコミにも漏れることはなかったし、ごく一部の関係者しか知らないことだ。寝た子を起さないで欲しい。名門一族の恥を世間にさらす訳にはいかない。いずれにせよ、私の事件とは全く関係のないものだから、あれこれいじるのはやめて欲しい。』

 噛んでふくめるように、当然のことを申し向けたのですが、中島検事はまだグダグダと未練たらしく喋っているものですから、それではと、一発噛ますことにしました。 『このレポートの押収は、しかるべき捜査差押許可状によるものではない。つまり違法に収集された証拠だ。今の時点で私が任意提出に応じないとすれば、このようなものを手に入れたからといって、立件して公判の維持ができるのか。その上、レポートに明記しているように、この事件にはM地検の検事正が関与している。念のために、あなたからこの検事正に確認してみたらいい。身内の恥をさらすことになりはしないか。』

 これ以降、取り調べ中にこの手形パクリ事件について中島検事が話題にすることはありませんでした。
 それにしても、中島検事は、私より一回りも歳が若く、しかもお金がからむ調査、あるいは監査についてはズブの素人です。そのような人物が、プロである私が2ヶ月もかけて調査し、まとめ上げたレポートを評して、 『それにしても、山根はよくここまで調べ上げたな。感心するよ。』

と、偉そうに言うのですから、笑止千万(しょうしせんばん)、あきれてしまいました。
 ド素人がプロに向って平気でこんなことを口にできるのは、拘置所という監禁状態の密室で、検事という国家権力を体現している絶対的存在が、抵抗するすべを奪われた容疑者に向って喋っているからでしょう。
 たかだか司法試験というペーパー試験を通っただけで、社会経験をほとんどすることなく、若いうちから絶大な権力を与えられ、生殺与奪の権限を手にすると、中島検事のみならずほとんどの人物が錯覚してしまうのでしょうね。日本の検察には、法の建前はともかくとして、たとえ非違行為があったとしてもチェックする機関がありません。まさに、やりたい放題、といったところが現実です。そのような組織の中に、どっぷりとつかっていれば、傲岸不遜(ごうがんふそん)な人格が形成され、人を人とも思わない、思い上がった言動につながるのでしょうか。
 同じことが、ヤメ検である田中森一弁護士にも言えるようです。「汚れた仕事」と言いながら、自らの検事時代の非行については罪悪感を全く感じていないようだからです。私が田中氏の手記に強烈な違和感を覚え、不思議と表現(“冤罪の構図-2”)したのは、「汚れた仕事」によって多大な迷惑をかけた人々に対する謝罪の言葉もなければ、自らの検事時代の非行に対する懺悔の言葉もないからでした。

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 ここで一句。 “まだこんな いやらしい夢 見れるとは” -気仙沼、びん太。 (毎日新聞、平成19年5月25日号より)

(生涯現役。気仙沼の熟年子にエールを送ります。枯れたらあかんぜよ。)

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