114 犯則嫌疑者

***一.10年間の身分の変遷

この10年の間に、私は、国家の暴力装置から一方的に、あまりありがたくない称号を与えられてきた。

山根治であって、山根治ではない、 ― 今、振り返れば、何か不思議な気持が支配していた10年間であった。私の置かれた立場が変わるたびに、私の身分が変わり、呼び名が変わっていった。

いわば、身分の変遷を通して、この10年間を回顧する。

****(1) 犯則嫌疑者 ― 脱税の疑いがある者 ―
一、 広島国税局の査察部門で、いつごろから私が犯則嫌疑者として扱われていたのかについては知る由もない。
私の手許の記録として犯則嫌疑者がでてくる最も古いものは、広島地方裁判所の藤原俊二裁判官が発行した臨検捜索差押許可状である。平成5年9月24日の日付のものだ。
私は遅くともこの日から、犯則嫌疑者なる肩書を付けられることとなった。

二、 犯則嫌疑者 ― 一般の人には、ほとんどなじみのない言葉であろう。
脱税を取締り、摘発することを目的に制定された法律として、「国税犯則取締法」というのがある。明治33年3月17日に制定(最近の改正は、昭和42年5月31日)された古色蒼然としたシロモノであり、マルサの権限を規定している法律である。マルサの間では「国犯法」(こっぱんほう)と略称されているものだ。
この法律の中に出てくるのが、犯則嫌疑者なる言葉である。刑事訴訟法でいう「被疑者」と同じ意味合いのものである。

三、 「国犯法」には、刑事訴訟法とは異なり、「収税官吏」(通称、査察官という。マルサのことである)の強大な権限が規定されており、納税者側の権利については、全くといっていいほど配慮されていない。
収税官吏には、逮捕権こそないものの、それこそやろうと思えば、何でも出来るようになっている。マルサの傍若無人のふるまいをサポートする武器である。

四、 捜索令状が出されている犯則嫌疑者といえども、身柄が拘束されているわけではない。収税官吏(マルサ)に逮捕権がないからである。
つまり、犯則嫌疑者に対する質問検査は、任意であり、犯則嫌疑者の了解がいる。従って、夜遅くまでつきあう必要はない。
私の場合、ガサ入れの初日、収税官吏の藤原孝行が腕まくりをして、「山根には、今日は夜遅くまでつきあってもらうことになる」と申し渡したのに対して、「原則として夕方6時以降、仕事をする習慣はない」として断り、夕方6時で調査を終えさせた経緯がある。

 

3362700+ 167 total views,  9 views today