108 資金繰り

****(3) 資金繰り

1、 会計士稼業は、ある意味では浮き草稼業である。自らの身体一つが頼りであり、その点資本の論理が支配する会社経営とは全く異なっている。

病気になって入院でもすれば、たちまち収入が途絶えることもありうるのである。このことは医師とか弁護士も同様であろう。

2、 元来、私は蓄財という観念に乏しく、結婚して37年になる超現実主義者の配偶者からは折にふれて叱責の言葉が飛んでくる。

「会計士のクセに一体何ですか。こんなヘンなものを買ってきたりして。」

私は、自ら稼いだものは有効に使うべきであるという信念を持っており、有効性の判定をめぐって常に意見が対立するのである。

3、 そのような蓄財観念に乏しい私ではあるが、事務所の運営に最低限必要と考える資金だけは常に用意していた。
万一に備えてのものであり、何らかの原因で収入が途絶しても、事務所経営に支障を来たさないようにするためであった。
私は、息の続く限り働き続けるつもりであり、私の活動を下支えするためにも最低限の資金は必要であった。
私が資金繰りの心配をすることなく、安心して仕事に打ち込むために必要な備蓄資金は、2年分の事務所の経常経費を賄うに十分な額であり、その内の半分は、直ちに資金化できるものでなければならなかった。

4、 私は病気入院という事態を想定して万一に備えていたが、まさか逮捕されるとは夢想だにしていなかった。
しかし、考えてみれば、逮捕され291日間勾留されたことは、その間病気で入院したこととさほど変わりはない。
一般社会から隔絶されていることは、独房でも病室でも同じことであるし、はじめの内しばらく続いた接見禁止の措置も、集中治療室に入っているのと同じようなものである。

5、 以上のような考えから万一のために備蓄していた資金が現実に役に立ったのである。
しかし、私が逮捕されてからも事務所の経常収入は途絶しなかったものの、支出の面で多額の臨時の支払いを余儀なくされ、資金繰りを圧迫した。
最も大きかった臨時の支払いは、税務当局に対するものであった。税務当局が預金と売掛債権との差押えをチラつかせながら支払いを迫ってきたために、事務所運営上必要最低限の資金を残して、その支払いに充てた。
この他の臨時の支払いは、刑事裁判にかかる弁護士費用等の裁判費用であった。

6、 私以外の者ができる資金繰りは、預金の取り崩しと保険の解約位のものであった。このため、私の保釈が決定したとき、事務所の資金はほゞ底をついており、保釈金の3千万円は配偶者の親族に頼った。
事務所の資金繰りは文字通り綱渡りの状態であった。

7、 従って、保釈されてから直ちに着手したのは、資金繰りの改善である。
税務当局は、私の保釈を待ち受けていたかのように、更に支払いの圧力を強めてきた。交渉の末、2つの不動産物件(担保余力7千万円)を担保提供することを条件に、月々30万円の支払いをすることで話し合いがついた。
月々30万円の支払いは、平成13年6月11日、本件が第二審でも無罪とされ、検察が上告を断念し、本件の無罪が確定するまで続けられた。
資金繰りが私の逮捕前の通常の状況に回復するのに3ヶ月かかった。

 

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