069 証拠、その捏造の軌跡

 

****3) 証拠、その捏造の軌跡

一、 マルサが原案を創り、検察が仕上げをした脱税の虚構のシナリオに沿って、多くの証拠が捏造された。以下、どのような細工によって証拠が捏造されたのか明らかにする。


二、 私は、松江刑務所拘置監で、検事中島行博の取調べを40日間にわたって受けたのであるが、中島の尋問の全ては、虚構のシナリオに沿って、中島が私に問いかけ、私はそれらを単に否定することの繰り返しであった。

 もともと脱税ではないことを脱税と極めつけてストーリーが創られているため、中島の尋問も誠に奇妙なものであった。

 後に、検事藤田義清や同立石英生がこの問答を称して、「山根が禅問答をしている」と難詰をしているが、私からすれば、訳の分らない禅問答をしかけているのは中島行博であって、いわれなき中傷をされていると言うほかはない。



三、 このような禅問答の中でも、私が中島の面前で思わず吹き出してしまったことがあった。中島があまりにおかしなことを、しかも大真面目な顔をして問いかけてきたからである。



中島:「ちょっとこの資料を見てくれませんか。あんたが書いたものだね。」

― 中島が私に示したのは、山根会計の事務用箋に太いエンピツでなぐり書きしたものであった。こんなナメクジのような字は他人が真似できるものではない。

山根:「ええ、そうですよ。」

中島:「これについてウチの者がこんな分析をしたんだが見てくれませんか。」

― “「メモ」の分析結果は、次のとおりである”として何かグダグダ記されている。何回読み直しても何のことかよく分からない。意味不明である。

山根:「目を通してみたんですが、よく分りませんね。」

中島:「お前が自分で書いたものが分らないというのか。」

― 「あんた」が急に「お前」にかわった。

山根:「いや、私のメモではなく、この分析とやらの内容が理解できないんです。」

中島:「とぼけるんじゃあない!」

― 急に声を張りあげた。熊のような大男が目の前で咆哮した。横にいる渡壁書記官が固まっている。

 

山根:「そんなこと言われても、クマったクマったと言うほかないじゃないですか。」

― 中島、とうとう本気で怒り出した。黒ブチの眼鏡の奥で、熊の目が三角になっている。



山根:「では、検事さんに申し上げますが、あなたはこの分析が理解できるんですか。何がどうだと分析されているんですか。」

中島:「オレには分らないからお前にきいているんだ。」

― 面白い威張り方をする男だ。さすが人間離れをしている。私が思わず吹き出してしまったのは、このときであった。

 私は心からおかしいと思って笑うとき、どうも肩を上下にゆするクセがあるようだ。笑って肩が上下に動くと、次にきまって涙が出てくる。このときもそうであった。

 涙をハンカチで拭いて、ひょっと前を見ると、それでなくとも大きい中島の顔が一層大きくなっていた。熊がふくらんでいたのである。



山根:「私が自分で書いたものなら、答えようもあるんですが、私のメモを誰がどのように考えて分析したか分らない、こんな訳の分らないものを示されたって答えようがありません。」

中島:「じゃ、お前のメモはどうなんだ。これはどういう意味なんだ。」

山根:「そう言われても、7年も前の私の単なるなぐり書きにすぎないもので、何のことか自分でも分かりません。」

中島:「山根はいま自分で書いたものなら答えようがあると言ったばかりではないか。とぼけるんじゃあない!」

― 再度声が大きくなり、眼が三角になっている。中島は元来さほど複雑な人物ではないようである。



山根:「こんなことを言い合っていてもキリが無い。あなたにも分るように説明してあげるので、少し頭を冷やして私の話を聞きなさい。」

― 中島は検事とはいえ、私よりもひとまわり以上も年下の若造である。しかも司法試験を5回目で合格したことを恥ずかしげもなく自慢にしているような男だ。

 私は中島の目を見すえて、次のように話した。



山根:「私の会計事務所には、現在300軒前後の顧問先がある。300もの経営体が命がけで努力して、毎日懸命に立ち向っている。

 その人達の仕事の一部を陰でお手伝いするのが私の仕事だ。いわば、私の頭の中では300もの経営体が同時進行しているわけである。

 事務所の日常の仕事は、10名の優秀なスタッフが処理をしてくれるが、どうしても私でなければできない仕事が生じてくる、一ト月5件位はあるだろう。その他、臨時の仕事が最低でも年に10件は入ってくる。つまり年間70件は私が自分で処理をする。

 一件について平均して5つ位のケースを想定してプランを練り、シミュレーションを重ねて、結論を出し、顧客に提示することにしている。

 私はパソコンを全く使わないので、全て手計算である。そのため一つのケースで事務所用箋を10枚位使って考えることが多い。その時点で自分の頭に浮んだことを片っぱしからメモするので、当然なぐり書きになる。

 すると、一件で50枚として、年間70件では3,500枚になる。あなたが示した私のメモは、今から7年前のものだ。一年で3,500枚とすれば7年間では24,500枚になる。

 そのメモは、その24,500枚のうちの一枚である。しかも、成案になる前のもので、破棄されたものだ。

 組合の件は、あなた達には特別のものかもしれないが、私にとっては、ワン・ノブ・ゼムだ。成案については、何年経ってもしっかり覚えているが、破棄したシミュレーションなど覚えているはずがない。プロとして納得ゆく仕事をしていくためには常に頭の中を空にしておかなければならない、つまり、先入観があれば、いい案がでなくなるからだ。

 従って、私が覚えていないと言ったのは、事実その通りであって、とぼけている訳ではない。私に向ってこのような事情も知らないで、「とぼけるな」と度々どなりつけたのは失礼千万だ。フザケるんじゃない。失言を取り消して私に謝罪しなさい。」

― 中島は、私の話の途中から、フーセンがしだいにしぼんでいくように、存在感が薄れていき、熊のぬいぐるみになった。

 しかし、中島は、謝罪しようとはせずに、早々にこの話を打ち切った。渡壁書記官はただ黙って人形のように固っているだけであった。



四、 起訴された後、私の独房には厖大な量の裁判資料が差入れられた。

 その中に、このとき中島行博が私に提示した「メモ」と「分析結果」とが、検察側の証拠資料として含まれていた。

 過去の亡霊が眼の前に現われた心境であった。

 それは、2通の捜査報告書であり、一つは松江地方検察庁検察事務官中西武の作成になる平成8年3月25日付の、今一つは、同地検検察事務官来栖修の作成になる同年3月26日付の捜査報告書であった。

 現在改めて読み返してみても、整合性の全くない意味不明のものとしか論評のしようのないものだ。ただ単に、私のイメージを悪くするために創作されたつじつま合わせにすぎないものであった。捏造である。



五、 この他に、法廷には数百点の証拠資料が提出され、それらの多くは、摩訶不思議な説明が付けられている誠に奇妙なものであった。

 下司の勘ぐりの見事なまでの見本といってよく、数多くのマルサ、検察官それに検察事務官といった人達が、これだけ多くの資料を虚構のストーリーに合わせようとして、捏造の接着剤で張り合わせていった努力には、なんだか頭の下がる思いさえしてくる。

Loading