038 藤原孝行 国税査察官証票

****3)藤原孝行

(エ)国税査察官証票



一、 藤原孝行が、平成5年9月28日の朝、私の自宅に捜索令状を手にしてやってきたとき、名刺入れをひと回りおおきくした黒革の手帳を私の眼の前につき出した。

 水戸黄門の印籠ならぬマルサ手帳(国税査察官手帳)である。藤原は、どうだこれが眼に入らぬかとばかりに胸を張り、誇らしそうに呈示した。チラッと見せただけで、すぐにポケットにしまいこんだ。



二、 その後、藤原孝行が、自分から私に呈示することは二度となかった。



三、 平成6年2月8日、藤原孝行と新本修司の二人が、私の事務所にやってきたとき、私は、二人の身分証等を改めて確認し、記録に残しておこうと考えた。

 捜索令状を書き写し、質問顛末書を書き写したのであるから、マルサ手帳を書き写さなければ、いわば画竜点睛を欠くというものだ。



四、 私は、藤原孝行に次のように申し向けた、 ―



山根:「この間は、名刺はいただいたんですが、身分証明書見せていただいてないので、見せて下さい。」



五、 この申し出をきっかけに、私と藤原の押し問答が始まった、 ―



藤原:「以前見せたでしょう。」

山根:「いや、あのときはよく見せてもらえなかったので、改めて見せて下さい。」

藤原:「いいじゃないですか。」

― 藤原、大声を張り上げる。

山根:「あなた、公務員じゃないですか。」

藤原:「そうですよ。」

山根:「その上、エリート査察官なんでしょ。」

藤原:「エリートなんかじゃない。」

― 藤原、ふくれている。

山根:「今日は、身分証明書を持ってきていないんですか。」

藤原:「持ってきていますよ。」

山根:「じゃあ、私に見せて下さいよ。」

― 藤原、仕方なしにポケットから、黒革をとり出してチラッと見せる。

山根:「私に手渡してよく見せて下さい。」

藤原:「身分証は嫌疑者に呈示すればよいもので、手渡すことはできない。」

― 藤原、黒革をポケットにしまいこもうとする。

山根:「ストリップじゃあるまいし、チラチラ見せて、すぐに隠すとはどういうことか。マルサは、いつからストリッパーになったんですか。

 私は手にとって確認した上で、記録しておきたいんですよ。」

藤原:「なんのために、記録なんかするんですか。」

― 藤原、声が更に大きくなる。

山根:「何のため?君達のような暴力団に二度と出会うことはないだろうから、せっかくのチャンスだと思って記録しているんですよ。」

― 藤原、提灯フグとなった。プップと頭から湯気を立てている。どうしても黒革を私に手渡そうとはしない。強情な男である。



六、 このとき、2人のやりとりをきいて、オロオロしていた新本修司が、「じゃ、自分のを写して下さい。」と申し出て、私に自分の黒革手帳を手渡してくれた。

 私は、新本のマルサ手帳を手に持って開き、記録した。収税官吏章、国税査察官証票及び身分証明書の3つである。



七、 私は、新本修司の収税官吏章等を写し終え、改めて藤原孝行に申し向けた、 ―



山根:「あなたは、どうしても私に手渡して見せてくれないので、読み上げてくれませんか。それを私は書きとることにします。

 その前に、あなたが手に持ったままで結構ですから、顔写真の確認をしたいし、新本さんのものとフォームが同じものかどうか確かめたいので、私にじっくり見せて下さい。」

― 藤原、ふてくされながらもこれに応じた。



山根:「じゃ、収税官吏章から読み上げて下さい。」

藤原:「はい。」

山根:「番号は?」

藤原:「第1122号」

山根:「肩書きと氏名は」

藤原:「広島国税局大蔵事務官 藤原孝行」

山根:「生年月日」

藤原:「昭和28年×月×日生」

山根:「交付年月日」

藤原:「2年7月19日交付」

山根:「発行者」

藤原:「広島国税局長」



山根:「次、国税査察官証票の番号」

藤原:「第769号」

山根:「肩書きと氏名」

藤原:「広島国税局調査査察部大蔵事務官 藤原孝行」

山根:「生年月日」

藤原:「同じです。」

山根:「昭和28年×月×日生まれね。その下に何が書いてあるんですか。」

藤原:「上記の者は、国税査察官であることを証明する。」

山根:「交付年月日」

藤原:「同じです。」

山根:「ああ、2年7月19日ね。発行者は」

藤原:「同じです。」

山根:「広島国税局長ね。はい分かりました。」



山根:「次、身分証明書」

藤原:「番号は、第6297号」

山根:「肩書きと氏名」

藤原:「広島国税局大蔵事務官 藤原孝行」

山根:「生年月日は同じですね」

藤原:「はい。」

山根:「その下には何が?」

藤原:「上記の者は、当局の職員であることを証明する。」

山根:「交付年月日と発行者は同じですか。」

藤原:「はい」

山根:「2年7月19日交付、広島国税局長ですね。はい、ごくろうさまでした。

 待って下さいよ。3つ共、交付されたのは3年前ですね。これ今でも有効なんですか。」

藤原:「そうですよ。」

― また怒っている。

山根:「アンタは今でも本当に国税査察官なんですか。」

藤原:「なんでそんなこと聞くんですか。」

― 提灯フグが真っ赤になった。

山根:「いや、念のためにお尋ねしただけのことです。」



八、 記録を終えた私は、真っ赤な灯がともっている提灯フグに、改めて問い質してみた。



山根:「藤原さん、どうして身分証にそんなにこだわるんですか。私の方としては、それを確認して、記録する、ごく当たり前のことを申し出ただけなんですがね。」

藤原:「全部写されて、同じものを作られたら、それこそ偽物が出回るんですよ。」

山根:「偽物が出回る?」

藤原:「はい。」

山根:「私がそんなことをすると疑っていたんですか。」

藤原:「いや、何もあなたを疑ってはいませんよ。でも、これが外に洩れたらどうするんですか。その記録が外へ出ないという保証がどこにあります。」

― たかが、公務員の身分証である。洩れて困るような大層なものか。聞いていて馬鹿らしくなってきた。

山根:「藤原さん、新本さんは手渡してゆっくり見せてくれたのに、あなたはどうしても私に渡して見せてくれなかった。

 どうしてですか。」

藤原:「・・・・。以前に手渡したら、いきなり、持って逃げられたことがあったんです。それからは用心することにしているんですよ。」

山根:「私は、アンタらと違って、ドロボーなんかしませんから、ご心配なく。」

藤原:「・・・・。私も今まで国税に22年間いますけどね。これを全部書き写した人は、アンタが初めてだ。」

― 藤原、私が捜索令状や質問顛末書を書き写したときにも、「初めてだ」とグチッていた。またしても、といったところである。

 三流クラブのホステスでもあるまいに、「アンタがはじめてだ」なんて気安く使うな。



九、 この日は、マルサに対して、守りの姿勢から攻めの姿勢に転じたことを明らかにした日であった。国税庁長官と広島国税局長に対して、抗議書を提出した日であり、その写しを、以上の押し問答をした後に藤原孝行に手交したのであった。

 潰せるものなら潰してみろ、と開き直ったわけで、恐れるものは何もなくなっていたのである。遠慮しながらも、少しは言いたいことを面と向って言ったので、多少の気晴らしにはなったようである。

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