修正申告の落とし穴-⑨

 国犯法の通告処分(同法第14条)にかわるものと思しき「修正申告の慫慂」は、税務調査において必ずといっていいほど登場する行政指導であったが、その実態は永年ベールにつつまれ、表だって問題にされることがなかった。

 当事者同志、つまり納税者と税務署との話し合いとして内々で処理されていたからだ。これこそ、国犯法制定時の政府委員が趣旨説明のときに持ち出してきた「私和(修正申告の落とし穴-⑦)」、即ちとらんさくしよん(transaction)であった。修正申告(私和)をして一件落着とされてきたのであろう。

 ここで改めて、暗闇の通告処分である修正申告の慫慂がいかなるものであったか、明らかにする。

”進んで修正申告に応ずるのが身のためだ。折角修正申告を慫慂してやっているのに、断るようなことをしたら告発につながって刑事事件になる可能性がある。刑事被告人になれば、マスコミには脱税だと騒がれ、社会的に葬られてしまうかもしれない。悪いことは言わない。慫慂に素直に従ったほうが、身のためだ。”

 あるいは、脱漏金額が大きい場合には、

”なんとか告発がされないように、査察部門に口添えはする。しかし、告発を見送ることについての約束はできない。
 ただ仮に告発されたとしても、本人が反省して自発的に修正申告をしているとなると、検察官とか裁判官の心証が随分違ったものになる。場合によれば執行猶予がつく可能性もある。
 どっちみち逃げることができないのであれば、この際あっさりと認めて修正申告に応ずることだ。”

 これが従来なされてきた修正申告の慫慂の実態だ。通常の税務調査だけでなく、査察調査においても行なわれてきたことだ。
 しかし、これまで述べてきたことから明らかなように、査察調査においてはこのような修正申告の慫慂は違法である。査察調査が課税処分につながる調査ではないからだ。
 また、通常の税務調査においても問題がある。慫慂は勧奨とは異なり、”納税者の利益”になることとして修正申告を勧めているからだ。換言すれば、慫慂を拒否すれば、納税者に不利益が生ずるかもしれないと脅しているからだ。
 通常の税務調査は、犯罪捜査と考えてはいけない旨の明文規定がある。従って、税務職員が、告発とか刑事事件とか逮捕などという言葉を用いることはもちろん、匂わすだけでも違法である。
 修正申告の慫慂を断ったとしても、納税者の側からの不利益は全くない。逆に、いったん修正申告に応じた場合には、不服申立てをすることができなくなる、即ち、救済措置がなくなってしまう不利益がある。これが本当のところだ。脅した上に騙しているのである。

 税務職員がこれまで当然のことのように行ってきた修正申告の慫慂は、納税者を欺く行為であり、してはならないことだったのである。このためであったろうか、このたびの国税通則法の改正では、慫慂のかわりに勧奨という言葉が用いられている。慫慂と勧奨の意味の違いは「修正申告の落とし穴-②」で述べた通りだ。
 尚、従来は査察調査でも修正申告の慫慂(「マルサ(査察)は、今-⑨-東京国税局査察部、証拠捏造と恐喝・詐欺の現場から」参照)を堂々と行ってきたが、私がこの2年ほどの間、あちこちの査察調査に文句をつけてきたためであろうか、慫慂とか勧奨といった言葉が査察調査の現場から消え、「意思確認」(「脱税は犯罪ではなかった-7」参照)に変わった。
 もっともこの場合でも、依然として「修正申告の意志確認」を求めており、具体的な数字を示した上で修正申告という言葉を使っているのであるからアウトである。修正申告は課税処分(更正)を前提としたものであり、査察調査には課税処分権限がない以上、修正申告という言葉自体用いてはいけないからだ。

 数年前のことである。ある国税局の資料調査課の税務調査を受けた企業グループがあった。
 グループのオーナーを含めた6~7人程の人達が、調査結果としての修正申告の慫慂の具体的な資料を携えて相談に来たことがあった。
 脱漏所得はグループ全体で10数億円、その大半が不正認定されて重加算税の対象となっていた。
 私は3時間余り質問して、調査結果の実態を把握した。その結果、10数億円のほとんどは単なる「脱税ストーリー」にすぎないことが判明。ごく一部、仮装・隠ぺいの事実はあったものの、「偽りその他不正の行為」には該当しないものであった。
 その日は、私の意見を申し述べただけであったが、後日、修正申告に応ずることにしたとの連絡があった。
 オーナー氏曰く、

「うちの顧問税理士は3人、税務署長経験者を含めて全て税務署OBだ。山根税理士の言っていることを料調に主張したらタイヘンなことになるという。追徴された上に告発されることが目に見えている。3人に何とか交渉してもらって、税額が4億円ほどになった。自分としては納得がいかないが、会社を守ることが大切だ。これで手を打つことにしたので悪しからず。」

 オーナー氏は、税務訴訟を多く扱っている2人の弁護士の意見も参考にしたことを付け加えた。もちろん、検事上がりの弁護士、ヤメ検である。
 オーナー氏は、税理士やら弁護士によって、告発とか逮捕といって脅されたり騙されたりした挙句、お金で済むことならと腹をくくったに相違ない。暗闇の通告処分に屈したのである。

(この項つづく)

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 ここで一句。

“政治家をやめて戻った記憶力” -相模原、水野タケシ

 

(毎日新聞、平成26年3月3日付、仲畑流万能川柳より)

(記憶力だけ? ”政治は悪魔の仕事”-M.ウェーバー。)

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