『疑惑のダム事業4,600億円』-八ッ場ダムの費用対効果(B/C)について -号外2

 前回述べたように、八ッ場ダムの問題は国の財政問題であり、とりわけ財政支出の優先順位の問題である。

 財政支出の優先順位を客観的に判定しようとして制定されたのが政策評価法だ。多様な政策をふるい分けるに際して、政治家を含む利害関係者の恣意的介入を防ぐ役割を果たしていると言ってよい。

 長尚氏の論述においては、八ッ場ダム問題を考えるにあたって最も肝要な政策評価法にもとづくデータ(B/C)の検証が全くなされていない。前回、検討すべき情報の選択を間違えていると述べたのはこのことである。
 長尚氏が真剣に八ッ場ダム問題を考えるというならば、何はさておいてもこのB/Cのデータを検討すべきである。ちなみに、このB/Cの詳細なデータは、八ッ場ダム、あるいは大橋川改修(「粉飾された2兆円」)だけでなく、一年ほど前までは全国的に秘匿されており、公開されることはなかった。国会のおける副大臣の答弁では、『詳しいデータは事務方に捜させたが存在しないということだった』などと平気でウソをつく仕末である。その後、私をはじめとする多くの人達が情報公開法にもとづいて開示請求をした結果、国交省は渋々ながらネットで詳細なデータの公表に踏み切ったというのが実態である。

○富岡由紀夫君 (中略) 今日お手元にお配りいたしました資料を見ていただきたいんですけれども、この中の洪水調整に係る便益というのがございまして、ブロックがA、B、C、D、E、F、G、こういろいろあります。十ブロックに分けて、それぞれのブロックごとにこのダムを造ることによってどれだけ洪水の被害が減少するかという便益を出しているんですけれども、その一番基本となる年平均被害軽減額、①というところですね、それぞれブロックごとの。これを算出された根拠がないという、資料がないというふうに説明を事前に昨日受けたんですけれども、それは本当でしょうか。確認の、念のためにお伺いさせていただきたいと思います。
○副大臣(平井たくや君) これ、私もないはずがないと思っておりまして、捜していただいたんですけれども、これが本当にないわけでありまして、これ、この分野に関しての文書の保存期間は一応三年ということにはなっているものの、これ今事業中の案件でありますから、本来あるべきだと私も思っております。しかしながら、それがないということでございます。

 

 長尚氏は理工系の学者だ。八ッ場ダムに関して開示されているB/Cの計算プロセスを辿ることなどごく簡単なはずである。長氏に限らず、現鳩山内閣は首相をはじめ理工系の大臣がかなりいるので、他人まかせにせずに、自分でチェックしてみればよい。簡単なことである。ことに鳩山由紀夫首相は、オペレーションズ・リサーチで工学博士号をとっているほどであるから、国交省によるB/Cの計算がいかにインチキであるか、さほど時間をかけなくとも判るはずだ。
 このB/Cの計算だけでなく、日本の役人が作成する多くのデータは、ほとんどが法学部系の連中の支配のもとに作られており、もっともらしく形を整えただけの、いい加減なものだ。私が提唱している会計工学の検証に十分に耐えることができないものが余りにも多い。

 ここで思い起こされるのは、今からに二十数年前のこと、宍道湖・中海淡水化事業を推進する理論的支柱とされた屁理屈である。塩分の交った汽水湖を淡水化すればかえって水質が良くなるとするもので、京都大学の南勲教授(農業土木)が提唱したものだ。汽水湖の中では、塩分濃度が高く比重の重い海水が真水の部分の下にもぐるようにして入ることによって、上下2つの層ができる。この場合には水の上下の攪拌(かくはん)が妨げられ、海底に十分な酸素が行き届かなくなり、海底に近いところでは貧酸素状態になる。
 ところが、淡水湖にすれば、この2つの層の境界(塩分躍層という)が消滅するため、十分な酸素が湖底まで行き渡ることになり、水質が良くなる、とするものだ。
 農水省は、この南理論なるものを錦の御旗にして、淡水化事業の大義名分の一つとしていたのである。
 たしかに、実験室レベルでの検証では南教授が言っているようなことが言えるかもしれない。しかし、宍道湖を小さい時から常日頃見てきた私達には学者の戯言(たわごと)以上のものではなかった。宍道湖は深いところでも水深5mほどの汽水湖だ。少し風が吹けば湖底の泥土をまき上げて湖がひっくり返るほど波を立てるのである。塩分躍層もヘチマもあるものか、バカヤロー!といったところが淡水化反対のノロシを上げた私達松江市民の偽らざる気持ちであった。
 しかも、南理論なるもの、Ceteris paribus (other things being equal)、つまり、“その他の条件が等しければ”といった仮定のついたシロモノだ。
 たとえば、湖の水質においては
+汚物の流入負荷
+湖底のヘドロの堆積
+アオコの発生
などが極めて重要な要因として作用するのであるが、これらを全て度外視して考えられたのが南理論なるものであった。日本だけでなく、世界的に見て、汽水湖もしくは海を淡水化して水がキレイになった事例は一つもなく、ほとんどはアオコの大発生によって、見るも無残な姿をさらしているのを知っていただけに、国の推進する公共事業に対して、首をかしげたくなるような理屈を用意して、お墨付きを与えるような御用学者には腹が立つ以前に、哀れみさえ催したものだ。京都大学という立派な大学で教鞭をとっていながら、曲学阿世の謗(そしり)を招きかねない御仁であった。

 八ッ場ダムの事業推進の理屈として打ち出されている、国交省のB/Cの計算は、計算自体がインチキであることから、かつて淡水化推進の根拠とされた南勲教授の屁理屈にも達しない最低のものだ。八ッ場ダムにあっては、事業推進もしくは事業中止の合理的根拠は政策評価法によるB/C以外に存在しない現在、今からでも遅くない、長氏のご検討を期待する。

(この項おわり)

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 ここで一句。

“オーバーな 大根役者 知事になり” -群馬、路傍土。
“マンゴーと 地鶏の知事が おとなしい” -横須賀、歯ぎしり。

 

(毎日新聞、平成21年12月10日付、仲畑流万能川柳より)

(東大根、西道化。役者あがりのタイコ持ち。)

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