嘘から出たマコト-⑧

 国家会計レベルでの裏金操作、-これが長年当然のごとく行なわれてきた、

「予納金の徴収」

と、それを原資にした「脱税金への充当」の実態である。「予納金の徴収」にせよ、「脱税金への充当」にせよ、法律上認められていない行政行為であり、不適法だ。

 もっとも上記のうち、予納金は形の上では犯則嫌疑者が“自発的に”納付するようになってはいるが、脅したり、すかしたり、騙したりして予納に仕向けるもので、事実上の徴収である。

 では何故、国税当局は、法律違反を承知の上でこのような予納金の制度を悪用した「裏金操作」をしなければならなかったのか。その背景にあるものは何か。要約すると次のようになる。

「現在の査察制度のもとでは、課税標準価格と脱税金額を確定することができず、それらを確定することができるのは、犯則嫌疑者による自発的な修正申告(過少申告とはならない修正申告)だけである。このことは、脱税犯罪者として摘発されている当事者(犯則嫌疑者)が“自白”(自発的な修正申告)しない限りは、脱税金額(脱税裁判における訴因の中核的なもの)が確定しないことを意味する。
 即ち、現在の査察制度は、犯罪人本人(脱税嫌疑者本人)の“自白”によってのみ犯罪が成立する構造になっているということだ。
 ところが、嫌疑者本人が、仮にどのような“自白”をしたところで、犯罪事実が発生することはありえない。なぜなら、“自白”とされる自発的な修正申告は、法律上は過少申告とはならない修正申告のことであり、過少申告という事実即ち、税を免れたという事実が存在していないからだ。過少申告ほ脱犯とされている脱税犯にあって、過少申告そのもの(税を免れたこと)が存在しないのであるから、犯罪自体成立しえない。国税当局がどのような小細工を施そうとも、脱税(過少申告ほ脱犯)は冤罪であり、犯罪として成立する余地がないのである。予納金の制度を逆手にとって、「裏金操作」を行ってまで、徴税実績を上げようとするあまり、冤罪を創り上げようとした国税当局の執念には、あきれるやら、感心するやら、誠に複雑な気持ちである。」

 予納金の制度を悪用した「裏金操作」によって浮び上ってきたのは、上記の事実、つまり、国税当局は、犯罪事実とはなりえない“自白”=自発的な修正申告=過少申告とはならない修正申告を、脅したり、すかしたり、騙したりして、せっせと用意してきたことだ。

 以上のような、予納金をめぐる「裏金操作」から浮んでくるのが、課税をめぐるもう一つの事実である。長澤郁治氏が、予納金に関して残した今一つの物的証拠である。
 その今一つの物的証拠とは何か。これこそ、本件に関して「納付すべき税額」が存在しないことを、国税当局が“自白”し、自ら証明しているものだ。

 まず、さきに(「嘘から出たマコト-④」)述べた、予納金にかかる「一定の条件」、即ち、
+予納する際の条件(通則法第59条第1項に定める条件)
+予納金の還付についての条件(通則法第59条第2項に定める条件)
の2つの条件を想い起していただきたい。
 本件の場合、この2つの条件がともに、適合しないものであることについては、さきに述べた通りである(「嘘から出たマコト-④」「嘘から出たマコト-⑤」)。

 この2つの条件に適合しないことが、課税面にどのような効果(影響)を与えているのかについては、以下の通りである。
 まず、法律で定める予納金ではないものを、私達(私とA弁護士)が出した「予納金の返還申入書」が出てくるまでは、緑税務署は予納として扱っていたと回答してきたくだり(「嘘から出たマコト-④」)が注目される。
 「予納として扱っていた」ということは、国税当局(緑税務署)は、通則法59条に適合する予納がなされていたものと認識していたことだ。
 つまり、

「最近において納付すべき税額の確定することが確実であると認められる国税の納付(4,500万円)があり、…その納付の必要がないこととなったときは、…過誤納があったものとみなして、その額(4,500万円)を還付する。」(下線部は筆者)

と考えていたということだ。
 上記の中で、「その納付の必要がないこととなった」とは、確定額としての「納付すべき税額」が存在しないことを意味する。
 このことは、通則法第57条に定める「充当」と深く関係する。つまり、

「国税局長、税務署長又は税関長は、還付金等がある場合において、その還付を受けるべき者につき納付すべきこととなっている国税があるときは、前条第一項の規定に代えて、還付金等をその国税に充当しなければならない。」(下線は筆者)

と規定されていることから、「還付金等(4,500万円)がある場合には」、「その還付を受ける者(本件査察嫌疑者)につき納付すべきこととなっている国税があるときは」還付に代えて、還付金等をその国税に充当しなければならない。
 ところが、本件では4,500万円のうち1円も充当されることなく全額が返還されている。このことは、
「その還付を受ける者につき、納付すべきこととなっている国税」
が、存在しないことを意味する。少しでも「納付すべきこととなっている国税」が存在するならば、それに充当した上でなければ還付してはいけないと法で定められているのであるから、4,500万円全額還付したということは、とりもなおさず、
-「納付すべきこととなっている国税」
が、少なくとも、平成29年4月7日時点では存在していないことだ。
 即ち、「納付すべきこととなっている国税」が平成29年4月7日時点では存在しない(筆者の見解は、査察開始時点を起点として永遠に存在しない)ことを国税当局(緑税務署長)は認識していたということだ。
 にもかかわらず、それから3ヶ月も経過した平成29年4月7日にいたって、緑税務署長は、
-「所得税の更正通知書」
を発遣し、合計額で1億円ほどの国税を支払えと言ってきたのである。
 「納付すべきこととなっている国税」が存在しないことをはっきりと認識しているにもかかわらず、1億円もの税金を犯則嫌疑者から、虚偽の理屈(調査が存在しないにもかかわらず、調査が存在すると偽ること)をつけて、1億円もの大金を捲き上げようというのである。国家組織あげての詐欺行為である。

(この項つづく)

 ―― ―― ―― ―― ――
 ここで一句。

”まな板の音に覚悟を言わす妻” -川越、麦そよぐ

 

(毎日新聞、平成29年7月13日付、仲畑流万能川柳より)

(妻のヒス、つられて耳が閉じていく。)

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