やりたい放題の査察官(1)

 長い間ベールに包まれていた査察官の実態、この一年ほど立て続けに査察事件を引き受け、多くの査察官と接触することができた結果、査察官が何をしているのか、強制調査の名のもとで実際には何をしているのか明らかになった。分かってみれば、唖然、呆然となるような実態だ。文字通り、組織暴力団の手先に等しい連中が好き勝手な振舞いをしている。嫌疑者を密室に閉じこめて監禁状態(「マルサ(査察)は、今-③-東京国税局査察部、証拠捏造と恐喝・詐欺の現場から」参照)にして、納税者を犯罪人呼ばわりしながら、恫したり、騙したりして、多額の金銭を不正に捲き上げている現実が展開されていた。「脱税は国家をあざむく犯罪だ」
「お前は犯罪人だ。」
「脱税は殺人と同じ犯罪だ。」
「反省の色がない。」 これらの言辞は逋脱罪(脱税)の何たるかを理解していない者の暴言だ。ヤクザの言いがかりと何ら変るところがない。査察官が取調べの現場で絶対に口にしてはいけない禁句であるといってよい。このような言葉を発するだけで、査察調査全体が違法の烙印を押されかねないほどの禁句である。

 査察の目的は、犯則の事実と犯則行為者とを確定して、検察に告発することだ。上記のような暴言など許されてはいない。中でも、

「反省の色がない。」

と、どやしつけて締め上げるなど、もっての他である。
 まず脱税をしたとは思っていない納税者は反省のしようがない。反省しろと言われても困惑するばかりだ。悪質ないじめ行為と変るところがない。
 では、過少申告をしたと思っている納税者についてはどうか。例えば、売上を抜いてどこかに隠していたり、あるいは、架空経費を計上して所得を過少に申告し、そのお金を海外に飛ばしていたようなケースである。
 一般にはこのようなケースは典型的な脱税であり、犯罪であると思われていたし、査察官もそのように思い込んで嫌疑者と接している。
 筆者自身もごく最近まで、疑うことなくそのように考えてきたことは事実だ。しかし、それは誤りであることに気がついた。そのようなケースであっても、必ずしも脱税、つまり犯罪とはならないのである。
 何故か。

 脱税の構成要件の一つである「偽りその他不正の行為」(以下、偽計行為という)と重加算税の要件である「仮装・隠蔽」とを同一視していたことがそもそもの間違いであった。「偽計行為」は刑事罰の要件であるのに対して、「仮装・隠蔽」は行政罰の要件だ。前者は行為であり行為者が特定されなければならないのに対し、後者は「仮装・隠蔽」という外形的・客観的な事実であり、必ずしも行為者が特定される必要がない。しかも、成立時期にズレがある。両者は全く異なった概念であり、いわば水と油である。
 つまり、全く異なったものを査察現場では同一視している。しかも、「偽計行為」の代表的なものが「仮装・隠蔽」であると信じ込んでいる。「仮装・隠蔽」の事実があれば、必ず「偽計行為」があったものと勝手に思い込んでいる。そんな馬鹿なことはない。真実はその逆だ。「仮装・隠蔽」の事実の中のごく一部が、「偽計行為」に該当する可能性があるというだけのことである。

 脱税の今一つの構成要件は「税を免れたこと」だ。筆者もこれまで、この「税を免れたこと」という要件については深く考えることなく過ごしてきたが、最近、一筋縄でいくものではないことに気がついた。学説、判例が信じられないような間違いを犯しているのである。詳しくは別稿で論ずるつもりである。

 いずれにせよ、脱税という犯罪は、現在の法体系のもとでは成立するのが極めて難しいということだ。幻の犯罪と言ってもいい位のものである。
 従って何も恐れることはない。過少申告の自覚がない人は勿論のこと、過少申告の自覚がある人であっても、査察官に対して臆することなく堂々と向き合えばいい。
 話し合いの結果、過少申告の事実があれば修正申告をするだけのことである。その上で「仮装・隠蔽」の事実があれば、行政罰としての重加算税に従えばよい。但し、その場合には刑事告発はしないという条件をつけることが大切だ。告発を断念する確約のない限り、修正申告の勧奨に応じてはいけない。これが査察のトリックにはまらないための要諦である。

(この項つづく)

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 ここで一句。

“うすくなり 剃ったら急に もてはじめ” -藤沢、寅威

(毎日新聞、平成25年4月2日付、仲畑流万能川柳より)

(眼の手術をきっかけに一年前から丸坊主に。50年前の学生時代に戻った思い。急にもてはじめたかどうかは定かではないが、便利なことこの上ない。無精者にはうってつけである。)

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