「悪徳税理士」の弁-⑦

 齋藤義典税理士と依頼者の意図するところは何か。直接確認していないので推測するしかないが、大体次のようなことではないか。

 まず、依頼者、-『料調との交渉を山根に依頼したところ、料調の提示した金額が4分の1になった。その上、重加認定が外れ、無申告加算税だけですむことになった。告発されることは100%ない。
 すでに料調から期限後申告書の下書きが山根のところに届いている。もう山根がいなくとも大丈夫だ。山根を外してしまえ。
 齋藤義典税理士は、山根との契約は公序良俗に反しており無効だと言っている。とすれば、これまで支払ったお金が返ってくる上に、山根が要求している追加金も支払わなくてもよいことになる。』 次に、齋藤義典税理士、-『山根なんてブログでもっともらしいことを喋っている田舎の会計士だ。しかも70歳のジジイである。
 新進気鋭のオレ様が一発ブチかましたらイチコロだ。震え上がってオレ様に泣きついてくるに違いない。』とまあ、こんなところが当たらずとも遠からずといったところであろう。

 そういえば、査察でも料調でも私が交渉することによって「推計課税額」あるいは「推定課税額」が大幅に下がったり、不正認定とか重加認定が外れることになった途端に、依頼者の態度が急変したことはこれまでに何回かあった。
 ノド元過ぎれば熱さ忘れる、契約はしたものの、報酬を支払うのが惜しくなるのである。中には私と国税当局とで合意した修正申告書を引ったくるようにして持ち帰り、私との音信を一切断った女性経営者がいた。もちろん、約束した報酬はほおかぶり、踏み倒しだ。このような時女性の顔は、一転して夜叉の顔になる。夜叉の形相になって平気で契約を反故にし金の亡者と化した経営者はこれまで3人いた。“借(か)る時の地蔵顔、済(な)す時の閻魔顔”の俚諺(りげん)そのままだ。
 この依頼者の場合も、契約したものの約束の報酬を支払うのが急に惜しくなったのであろう。あるいは、初めから支払うつもりがなかったのかもしれない。
 齋藤義典税理士の打算はあるいは次のようであったのではないか。
 開業してまだ2年、この際少しは名が知られている山根を叩き潰せば、正義感あふれる若手税理士として一躍注目をされ大きな仕事が舞い込んでくるはずだ。それに、一寸した文書を書くだけで1,000万円以上が転がり込んでくる。ボロ儲け、濡れ手に粟だ。

 たしかに私はジジイである。孫がいるから正真正銘のジジイだ。満70歳、いつ死んでもおかしくない。
 しかし私は職人である。職業会計人という職人だ。この道一筋、40年余り職人として飯を食ってきた。
 会計士の見習い時代は何も分からず右往左往、36年前に会計事務所を開いたものの、2~3年の間は仕事らしい仕事はなかったし、たまに舞い込んでくる仕事もどのように処理していいやら四苦八苦。試行錯誤の日々が延々と続いた。一筋の光が見えてきたのが今から5年程前、65歳の時のことである。

 8年前、突如として認知会計の構想がひらめき、仕事の上で実際に試してみると極めて有効な手法であることが判明、私は会計工学(Accounting Engineering)と名付けた。
 私が自信をもって税務当局と対峙できるようになったのは、実のところ会計工学という武器を得てからのことである。何が問題であるのか、どこにトリックが隠されているのか、ほぼ一瞬のうちに把握できるようになった。インチキ集団としての国税当局の実態が会計工学によって明確な姿であぶり出されるようになってきたのである。

 会計工学のテリトリーは、お金に限らず数字一般だ。あるいは広く情報一般と言い換えてもいいかもしれない。従って私が樹立した会計工学は情報工学に属する実践的な手法であると言ってよい。
 現在の私の関心事は、歴史、ことに日本の歴史を会計工学の手法によって解明することだ。このテーマは、いわば私の心のルーツ(「冤罪を創る人々 124 心のルーツへの旅」参照)を模索することであり、八年前、認知会計の発見と同時に、鮮明な形で私の中に芽生えたものであった。八年経った今、これら2つのテーマは奇しくも相互に絡み合い、一体となった。認知会計が歴史の分析ツールとして有効であることが判明したのである。その結果、これまでとは全く異なった日本の歴史像が現れようとしている。
 私の歴史分析を補強するために、この数年、平安時代から鎌倉・室町時代にかけて書かれた歴史物語の講義を島根大学で受けている。週に一回の受講、私には至福の時である。
 栄花物語、大鏡、今鏡、水鏡、増鏡、梅松論などの歴史物語をはじめ、愚管抄、神皇正統記など特殊な視点から書かれた史論書を教わり、まさに目からウロコの日々である。私が学生時代に接した史的唯物史観による日本の歴史、あるいはヨーロッパ流の歴史観にもとづいた日本の歴史が、いかに誤っており空疎なものであったか、思い知るに至っている。
 私には当面ボケているヒマなどない。私を必要とする人がいる限り、また、私の“ハテナ精神”が続く限り、生涯一職人として生き抜くだけのことだ。

(この項おわり)

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 ここで一句。

“意外にも「きゃりーぱみゅぱみゅ」行儀いい” -北九州、エミリー

 

(毎日新聞、平成24年6月18日付、仲畑流万能川柳より)

(きゃりーぱみゅぱみゅ、AKB48のような作られたわざとらしさのないところがクール。)

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