裏金について -2

※この文章は、弊社主任コンサルタントの山根治が山陰経済ウィークリーという雑誌に以前執筆したものを再掲したものです。



 これはあくまでも仮定の話である。東証一部上場の会社であり、信用取引銘柄にも指定されている会社(仮にA社という)が、大物政治家であるB代議士に二億円の政治献金をする必要に迫られたとしよう。社長から資金捻出の指示を受けたA社の経理部長氏は、頭をかかえ込んでしまった。

 税務上は寄附金処理をし、別表四で加算しておけば問題はない。しかし問題は商法、証取法及び刑法にある。

(中略)
 一晩考えた結果、妙案ともいうべきアイデアに思い至った。要はB代議士に二億円提供すればよい訳で、必ずしも会社の金庫から支出することはない訳である。氏が考えたのは時価発行増資を使う方法である。
 時価発行というのは、額面五十円の株式をたとえば五百円とか千円とかの時価で発行することをいう。実際の値ぎめは幹事証券会社が行ない、通常は証券会社が一括して引き受ける。時価は取引所の相場のおおむね一割安のところに決められる。このような値ぎめの方法をとっているため、一般投資家が増資を引き受けてもほとんど損はしないようになっている。しかし通常は単なる確率の問題であり、絶対という保証はない。この絶対の保証を確保するためには、幹事証券会社の協力を得ることが不可欠である。
 早速、証券会社の法人担当重役に会い、その後一週間ほどかけてにつめた案は次のようなものであった。

 A社は、某月某日八百万株の時価発行増資を実施する。そのうち二百万株をB代議士の後援会に割り当て、百万株を法人担当重役、株式部長等(実際には規制があるので適当なダミーを使う)に割り当てる。百万株を証券会社の役員等に割り当てるのは、当事者に利害を与えることによって確実性の担保とするためである。それらの資金手当はA社の斡旋により、C都市銀行から受ける。現在の時価は六百円であり、冷し玉(ぎょく)を三百万株程用意して五百円にまで切り下げ、その時点で増資の発表を行う。時価発行の値ぎめは四百五十円とする。
 発行後、配下の地場筋を動員して株価を五百五十円にまでつりあげ、その時点で三百万株の割り当て分をクロス商いによって証券会社が一括買い取り、各支店に割り当て一般投資家にさばいてしまう。
 この案は実行に移された。五百五十円での買い取り及び売却が完了した後に一般のチョーチン買いが入り、時価は六百円の大台を回復し、幹事証券会社としては勧めた投資家にも顔が立つ結果となった。投資家は往復の手数料が抜ければ文句を言わないものだ。

 これをまとめてみればどうなるであろうか。
 まず、A社は八百万株の増資をし三十六億円のキャッシュを手に入れた。それだけのことである。B代議士の後援会は二百万株の公募引き受けをし、百円値上がりした段階で売却し二億円の差益を得た。役員等は同様にして一億円の差益を得た。幹事証券会社は、A社の増資業務を引き受け約一億円の手数料を収受し、その上相当の売買手数料を収受した。C都市銀行は十三億五千万円の証券担保貸し付けを実施し、担保不足分の五億四千万円(株式の掛け目を六割とする)についてはA社の社長の個人保証によって補った。増資分の三十六億円は預金として留保した。
 B代議士には二億円の資金が手に入った。しかも形の上では極めてクリーンな資金としてである。
 ここで読者にお断りしておきたいのは、このようなことを私は仮定の事実として述べているだけであって、決して推奨しているのではないことである。道義的な面での善悪はまた別の問題だからである。

(山陰経済ウイークリー 昭和55年1月15日号「明窓閑話(2)」)

裏金アラカルト 2

Loading