冤罪の構図 -12

 新井将敬代議士を死に追い詰めた、東京地検特捜部のインチキ小細工は、検察官の手前勝手な法律の運用がその出発点でした。法律で定められた処罰要件をどんどん拡げていくのです(“冤罪の構図-10”参照のこと)。このようなことは当然のことながら、独裁国家ではない現在の日本においては認められていることではありません。

 このようなワナを仕掛けた上で、次に彼ら東京地検が行ったことは、このワナにピッタリと合うように、関係者(新井将敬氏に応対した日興証券の濱平裕行元常務と平石弓夫元副社長の二人)を誘導して筋書き通りに証言させることでした。

 この証言を検事の面前でさせる訳ですが、建前は「任意」で喋ることになっています。つまり、誰かに誘導されたり、強制されたりして喋るのではなく、被疑者自身の判断で自由に喋ることが建前となっています。

検事は被疑者が任意で話したことをもとに調書を作成いたします。これを検察官面前作成調書、略して検面調書(“冤罪を創る人々”、4)検面調書、その詩と真実、参照のこと)といい、現実の裁判においては100パーセントに近い信頼性(これを検面調書の特信性といいます)が与えられています。つまり、法律、あるいは法律の運用においては、検事がインチキ調書を作成することなど全く想定していないのです。どのようにいいかげんな調書であろうとも、刑事法廷の場に出されますと、被疑者が真実を喋っているものとしてそのまま通ってしまうのが現実です。
 しかもこの検面調書は、あくまで検事が自分で作成するものですから、必ずしも被疑者の真意が反映されているものではありません。つまり、仮に検事がインチキをしない場合であっても、真実の自白がキチンと反映されているとは限らないのです。
 このように検面調書自体が、検事の胸先三寸でどのようにでもなるのに加えて、更にインチキをやる訳ですから何をか言わんやです。このインチキの実態を赤裸々に暴露したのが、ヤメ検である田中森一氏が書いた「反転」-闇社会の守護神と呼ばれて、でした。検察のインチキの手の内を、他ならぬ検事をやっていた人物がバラしたものです。犯罪を糾弾する側が、無辜(むこ。無実のこと)の人を犯罪人に仕立て上げたり、犯罪者を全く恣意的な思惑から見逃したりと、検事自らが犯罪そのものに手を染めている実態が明らかにされているのです。

 新井氏の場合、関係者の嘘の自白は、誘導、偽り、脅しを駆使して引き出されました。この間の事情は、濱平裕行氏が書き残した日誌に生々しく記録されています。百数十ページからなるこの日誌は、検察による事情聴取の模様をその都度克明に記したもので、「浜平メモ」と呼ばれています。
 河氏の著書には、「浜平メモ」の一部が引用されていますので、ここに孫引きいたします。

“聴取が午前と午後に分かれ、延八時間半にもわたった十月七日のメモには次のようなやりとりが記録されている。
検事 「日興は他への付け替えなどもあるようだが、そこへは拡大させない。私の手のひらに日興はある。協力姿勢を今、示すことが大切。協力というのは形を見せた協力、大人の協力ということだ」
浜平 「協力するとは事実と違うことをいうことなんですか。だとすれば、家族、会社、弁護士と相談させてほしい」
検事 「君は本当に判断力、決断力のない人だ。…もしあなたが…協力しないのであれば、地検として日興の捜査を拡大させるし、会社側に、浜平はとんでもない奴ということで会社との糸を切ることをやる」“(「代議士の自殺-新井将敬の真実」、P.342~P.343)
“さらに、メモには浜平氏が金子日興証券社長、会社顧問弁護士らから検事に協力する(山根注、嘘の自白をすることです)よう指示され、悩んでいる様子が生々しく記されている。野村や第一勧銀のようにトップまで逮捕されるのではと捜査拡大に戦々恐々としていた日興証券としては、検事に協力することで逃げきろうとしたのであろう。結局、平岩、浜平両氏は元大蔵官僚の威光をちらつかせた新井からの要求に基づいて不正に利益を供与したと認めた。”(前掲書、P.343)

 浜平氏も平岩氏も、嘘の自白をすることが新井将敬氏を検察のワナに陥れることを百も承知の上で、検察の言いなりになった訳です。

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 ここで一句。

“取調べ「ハイかウンだぞ」脅かされ” -柏、瘡 蓋。

 

(毎日新聞、平成19年7月29日号より)

(人が人を裁くシステムが続く限り、冤罪はなくならないかもしれませんね。)

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