凛にして毅なる碩学、北野弘久先生 -3

 今一つ私の目をひいた鑑定意見書は、竹中平蔵氏(当時.財政経済担当大臣、現.総務大臣)に関するものでした。

「住民税脱税犯における偽計行為(1)」と「住民税脱税犯における偽計行為(2)」の2章に分けて論じられているもので、それぞれ、東京地裁に提出された先生の鑑定所見書であり、東京高裁に提出された先生の補充鑑定所見書の概要です(同書、567ページ~586ページ)。

ことの発端は次のようなものでした。写真週刊誌「フライデー」(2002年8月16日号)が、竹中平蔵氏について住民税の脱税疑惑のあることを報道しました。竹中氏が、日本中から自らの住民票を抹消して住民税を違法に免れているのではないかという疑惑です。つまり、毎年年の暮れになると住所をアメリカに移し、日本における1月1日現在の住民票の記載を意図的に消してしまい、住民税をごまかしていたというのです。
竹中氏は、いわれなき誹謗中傷をされ名誉を毀損されたとして、出版社と編集者に対して、損害賠償等の裁判を起こしました。
北野先生は、フライデーが疑惑報道をする際に税法学の専門家としてのコメントを求められていた経緯もあり、被告とされた出版社の要請に応じて、フライデーの報道は決していわれなき誹謗中傷ではなく、竹中氏の一連の行為は税法学的には明白な脱税行為であるとする鑑定所見書を作成されたのです。

先生の鑑定書は、的確な事実認定のもとに、一分のスキもない論理構成がなされている見事なものです。
現職の国務大臣が、「偽計行為」(地方税法324条1項で“偽りその他不正行為”と規定されているものです)を敢えて行ない、地方税の納税を免れた(これを通常は脱税といいます)というのですから穏やかではありません。しかも、マスコミの報道に端を発したものとはいえ、この脱税の指摘は日本の税法学の第一人者によるものです。税法の素人である一般のジャーナリストが指摘するのとは訳が違うのです。

先生は、鑑定書の末尾に「結語」として次のように述べておられます。

「鑑定人(山根注。北野先生のことです)は、税法学の研究者として、また若干の先輩として原告(山根注。竹中平蔵氏のことです)に申し上げる。原告は、税財政を含む経済問題の研究者として、また現に国政を預かるものとして、全国の納税者(タックスペイヤー)に対して、本件行為について心から謝罪して下さい。」(同書、574ページ)

北野先生は、長い間法学者として税法の研究に携わり、税の実務にも通暁されている方です。竹中氏は、この碩学の真摯な呼びかけに対してどのように答えるのでしょうか。
論語に、

「法語の言は、よく従うこと無からんや。これを改むるを貴しとなす。」(巻五、子罕第九)

とあります。また、

「過(あやま)てば即ち改むるに憚ることなかれ。」(巻一、学而第一)

とも記されています。
私は、若い頃竹中氏と同じ大学に学んだ者の一人として、竹中氏がどこかの国の総理大臣のように口先だけでごまかしたり、なんでもありの手練手管を弄したりしないで、碩学の言葉を真正面から受けとめ、しかるべき対応をなさることを期待しています。

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師の凛とした澄明性を眼でイメージして、一首。

”藤波の影なす海の底清み 沈(しづ)く石をも珠とそわが見る”

 

(万葉集巻19、No.4199)
 
 

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