126 うっぷん晴らしとしての反則行為 -その1

***2.うっぷん晴らしとしての反則行為

****1)その1

房内には「被勾置者所内生活の心得」と「被収容者遵守事項」の2つの冊子が備えつけられており、囚われの身となった以上これに従わなければならない。

あれもいけない、これも駄目という具合にそれこそ一挙手一投足に至るまで細かく規制されており、初めのうちはなんとも鬱陶しい思いがしたものだ。

ところが馴れてくると、苦痛に感ずることもなくほとんど気にならなくなったのである。それどころか、規律的な生活に馴れてくるとむしろ快感さえ覚えるようになった。
心の中では、看守のことを身の回りの世話をしてくれる執事か召使いだと思うことにしていたが、勿論彼らとしてはそのように思っているはずはなく、居丈高で横柄な態度を示す連中が多かった。
これがシャバであれば、もともと育ちが悪く、品がよくない私は、「この野郎!」とか「無礼者!」とか喚いて叱りつけるところであるが、拘置所内では禁句である。このような言葉を発したら最後、直ちに独房から引っ張り出され、看守に暴言を吐いて抵抗したとして取調室でつるし上げられ、問答無用とばかりに抗弁のかどで懲罰を受けるのは必定だ。いきおい発しようとした言葉を寸止めにするわけで、おのずとストレスがたまってくる。

私はそのたびに、看守の眼を盗んでは敢えてチマチマした反則行為をすることにしていた。ストレス発散のためである。
まず、ホーキで部屋の掃除をして、チリトリに入れたゴミを水洗トイレか流しに棄てた。掃除はいつでも行ってよいことになっているが、ゴミは定められたゴミ入れに入れる決まりになっており、水洗トイレとか流しに棄てることなど、もっての外のことであり、見つかったら大目玉を食った挙句、間違いなく懲罰ものだ。
次いで、流し台で洗濯をする。真夏に戸外で運動をして帰房すると、それこそ下着が汗でズブ濡れになってしまう。部屋の中の流し台では洗濯をしてはならないことになっているが、ズブ濡れの下着をそのまま絞って乾かすなど気持悪くて仕方ない。常に看守が見廻りをして監視しているので、わずか10秒位の時間を盗むようにして手早く洗濯して、サッと干すことにしていた。
あるとき、私の2つ隣の房の住人が、部屋の中で堂々と洗濯していたのが見つかって、一週間の軽屏禁(けいへいきん)をくらっていたことがあった。部屋の中で禁じられている洗濯をするのは、結構スリルがあって、面白いゲームであった。
あるいは又、拭身(しきしん)も結構行った。拭身とはタオルで水を濡らして身体を拭くことであり、夏期に限って2つの場合だけ許可されていた。
一週間に2~3回許されていた戸外運動の後に、戸外の洗い場で、1分間だけ洗面器一パイ分の水を使って拭身をすることができたほかは、夏場だけ毎日、夕方6時の閉房前に1分間だけ洗面器ニハイ分の水を使って拭身をすることが認められていたのである。
この2つの場合以外は、どんなに汗まみれになっていようとも、濡れタオルで身体を拭くことが許されていない。
乾いたタオルで拭いても気持ちがスッキリしないので、それこそ眼にもとまらぬ早ワザを駆使して、瞬時のうちに流し台の水道の栓をひねり、タオルを濡らしては、せっせと身体を拭いたものである。
今もって、このようなことが罰則つきで禁止されている理由がよく分らない。

同様のことが、夏期に貸与されるウチワについても言える。食事中、ウチワを使ってはいけないというのである。
熱い汁物を食べると元来汗っかきの私など、頭といわず顔といわず全身から汗が噴き出してくる。それをウチワを使うなとくる。こんなこと馬鹿正直に守っていたら茹で蛸になってしまう。何故こんなことまで禁止されているのか、考えてみれば私など裁判中の未決囚であって、法の建前からいえば、刑が確定するまでは無罪の推定を受けているのだ。
その他、接見のために出房し、途中の庭を通る際に、ヒバの木であったろうか、ヒノキのような香りのする植木の葉を密かに手でちぎっては部屋に持ち帰って香りを楽しんだ。
更に、一日に何回か、定められたとき以外に独房の中で足踏みをしてジョギングのかわりとした。これについては罰則がなかったので、叱られても叱られても繰り返した。室内ジョギングの歩数はその都度獄中ノートに記録した。一日最低で5,000歩を目標とした。
一日中座り机に向っていると、肩は凝るし、全身の血のめぐりが悪くなる。脳ミソに血液が十分に行かなくなると、もともとそれほどデキのよくない私の脳ミソがさらにイジケてしまうのである。膨大な量の裁判資料を分析したり、読書をして古代日本の時空で遊ぶためには、たとえ叱られたとしても30分に1回位の室内ジョギングは欠かせないものであった。

 

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