修正申告の落とし穴-⑦

 前回述べた通告処分は、現在もそのまま生きている。但し、法人税、所得税、相続税、消費税のような申告納税方式をとっている直接税ではなく、賦課課税方式の間接税に限ったものだ。



 国犯法に基づく通告処分は、昭和23年の法改正で導入されることになった申告納税方式の直接税には適用されないことになったが、これに換わるものとして事実上登場してきたのが、修正申告の慫慂(「修正申告の落とし穴-②」参照)ではなかったか。法律の上では認められていないことを、違法であることを承知の上で、行政指導の形で税の実務上敢えて行ってきたのではなかったか。

 実は、このことについては国犯法の中にその痕跡が残されている。国犯法の最後に位置する次のような罰則規定だ。第22条(申告義務違反・納税妨害の罪)
『国税の納税義務者の為(な)すべき国税の課税標準の申告(当該申告の修正を含む。以下申告と称す)を為(な)さざること、若(もしく)は虚偽の申告を為(な)すこと、又は国税の徴収若(もしく)は納付を為(な)さざることを煽動(せんどう)したる者は、三年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処す。』

私はこの20年間、それこそ何百回も国犯法の条文に眼を通してきた。しかし、ごく最近に到るまで、上記の条文に気がつかなかった。
 国犯法に罰則があること自体奇妙なことであるし、この罰則は間接国税に関することであろうと思い込んでいたのであろう。私達税理士が扱う法人税とか相続税などの直接国税には関係ないことであろうと思って読み飛ばしていたに違いない。

 この条文に眼を向けるきっけを与えてくれたのは、東京国税局の大野望査察官だ。査察第25部門の主査である。「修正申告の意志確認」(「脱税は犯罪ではなかった-7」参照)と称する文書を犯則嫌疑者に交付した人物だ。
 私が代理人税理士として、この文書の趣旨について、面談して根掘り葉掘り問い質した時のことである。大野望担当主査が私に対して血相を変えて噛みついてきた。まさに、密室で犯人を問いつめるやり方そのままであった。眼がつり上っていたのである。

「嫌疑者は、修正申告をするつもりはないと言っている。これは嫌疑者本人の意志なのか、それとも代理人である山根がそのように言わせているのか。」

 はじめのうちは、何を血相を変えてまでこんな意味のないようなことを口走るのか位に考えて聞き流していた。ところが同じような質問を執拗に繰り返し、しかも、傍らにいた野口淳平査察官と一緒になって私が発する言葉の一言一句も漏らさないように懸命になってメモを取り出したことから、尋常ならざるものを感じ、慎重に答弁することにした。私をワナにはめようと画策していることを感じとったのである。

「修正申告というのは、本人の自由意思で行うものだ。代理人は、修正申告をせよとか、あるいは修正申告をするな、など言える立場にはない。代理人の役割は、修正申告をすることの法律的な意味合いを説明し、そのメリットとデメリットとを示して、本人の判断材料を提供することだ。それ以上でもなければ、それ以下のものでもない。
 私が嫌疑者に話したのは以下の通り。

 

”査察から修正申告の話がでたら、査察がどのようなことを言うかよく聞いて記録しておいて下さい。もともと査察には課税権がなく、課税を前提とする修正申告など、査察が口にすること自体間違っています。
 従って修正申告の話がでたら、その件についてはいずれ課税権のある所轄の税務署から何か言ってくると思うので、それを待ってどうするか決めたいとでも答えておけばよいでしょう。
 査察の段階で自発的に修正申告をしたとしてももちろん違法ではありませんが、法律的には、「税を免れたこと」という脱税の要件を自分のほうから用意することを意味します。水増しをされている「脱税ストーリー」をそのままの形で認めることを意味します。
 査察が勝手に創り上げた水ぶくれの「脱税ストーリー」をそのまま認め、修正申告に応じた場合には、査察としては願ったりかなったりで万々歳でしょう。
 もともと、査察には更正(脱漏税額を追徴すること)することなど、逆立ちをしてもできないことです。従って、嫌疑者が素直に修正申告に応じてくれない限り、「税を免れたこと」という要件を満たすことができない、つまり告発することができないのです。脱税という犯罪事実の証明ができないからです。
 もっと分かり易く言えば、
「言われた通り脱税を認めて修正申告をすれば脱税犯罪が成立し、告発される。
 反対に、言われた通りのことを認めないで修正申告をしなければ、脱税犯罪が成立せず、告発のしようがない。」
といった、何とも奇妙な結論になるということです。
 以上が、査察と修正申告についての法律的意味合いです。よくお考えになって、ご自分で判断して下さい。”」

 国犯法第22条に立ち返る。ここで規定されているのは、申告義務違反・納税妨害の罪だ。
 まず、国税とあるから、間接国税だけでなく直接国税を含むことが分かる。次に、申告とあって、わざわざ申告の修正をも含むことが念を押されている。ここでまずギョッとした。
 修正申告に関して言えば、修正申告の妨害をしてはいけないということだ。しかも妨害者の意味するところが、

”修正申告をなさざることを煽動したるもの”

となっている。修正申告をしないように煽動(せんどう。大衆の心理をうまくつかんだ言葉で、ある行動を起こすようにしむけること、-新明解国語辞典)(注)した者を3年以下の懲役に処す、というなんとも恐ろしい罰則規定だ。
 ここで思い起こされるのは戦前の治安維持法である。稀代の悪法と称されているこの治安維持法に、まさにこの「煽動」なる言葉が用いられており、処罰者の範囲を限りなく拡大させていたことを想い出し、全身に悪寒が走ったのである。

(注)煽動。「煽動とは、不特定の者又は特定多数の者に対して、適正な判断を失わせ申告をしないこと、虚偽の申告をすること、又は国税の徴収若しくは納付をしないことの決意をさせ、又は既存の決意を助長させるような程度の刺激を与える意思表示を言う。」(“国税犯則取締法講義.津田實著.-帝国判例法規出版社.P.156。)

(この項つづく)

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 ここで一句。

“女房を花にたとえた頃もあり” -生駒、鹿せんべ

 

(毎日新聞、平成26年3月6日付、仲畑流万能川柳より)

(”同じお前も枯れすすき”)

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