脱税は犯罪ではなかった-5

 当時大津地検三席であった花崎政之検察官が、余りにヒドイやり方で真実に反する供述を迫った上で、相続税の修正申告の作成を強要した事実が明らかになった。今から一年ほど前のことである。

 あの手この手を尽くして、大阪国税局の査察部と花崎検事は、何故このような犯罪的な策を弄してまで修正申告をさせようとしたのか、まずここに引っかかった。更正という正規の手続きがあるのに、何故敢えて修正申告にこだわるのか疑念が生じたのである。

 そこで私は、この件に関して税務署長が発した更正通知書を引っ張り出して確認してみた。するとそこには、通常の更正通知書にはない文言が、欄外に手書きで書き込まれていた。

 『この処分は国税局の職員の調査に基づいて行いました』と附記された文言だ。調べてみると、「脱税は犯罪ではなかった-3」で述べたように、国税通則法第27条に、更正処分をするのに必要な調査は税務署の職員による調査だけでなく、国税局の職員が行なった調査でも差しつかえないと規定されており、その場合には、同法第28条第2項に基づいてその旨の附記が義務付けられていることが判明。

 コンメンタールによって更に詳しく検討してみたところ、目を疑うような、次の事実が明らかになった。

 つまり、国税局の査察官(収税官吏)の調査は、国税通則法第27条にいう「国税庁又は国税局の当該職員の調査」には該当しないことであり、このことは今から40年ほど前の国税不服審判所の裁決で明らかにされていた。(昭和46年8月9日裁決)

 即ち、査察官がいくら調査をしたとしても、その調査は更正処分の絶対的要件である「調査」には該当せず、従って実際に更正処分が強行された場合には、法律が要求している要件不備の処分となり、適法な更正処分とはならない、つまり無効となるということだ。

 現在、この件については刑事裁判は終結しているが、行政裁判の前提である不服審判は継続中だ。不服審判の裁決のドタン場になってこのような重大な要件不備の事実に気が付いたので、不服審判所に対して新たな争点として提起し、係争中である。

 その他の裁判の現実はどうであったか。全ての判決が上記の裁決を無視して、およそ理屈にならない屁理屈をつけて、査察の調査であっても構わないとしてきたのである。国税当局がヒネリ出し、無知な裁判官が認めてきた屁理屈とはおよそ次のようなものだ。

「更正処分に必要とされる税務署長の調査とは、極めて広い概念のものであり、査察官が集めてきた資料に基づいて行なった税務署長の調査も、適法な調査に含まれる。」

 この屁理屈は、国税通則法にいう「調査」は単に「調査」とされているだけで具体的に定められていないことを奇貨として行なわれた、役人特有の責任逃れ、つまり誤った理屈である。インチキ論法である「東大話法」(注)の典型例だ。
 確かに法文上はその通り、「調査」とあるだけだ。どのような「調査」であるかについて法律の上では一切規定されていない。どのようにでも拡大解釈される余地があったのは事実である。
 しかし、税に関する法律は法律が単独で存在しているものではない。憲法で定められた国民の納税義務と税務職員の公務の執行が適正に遂行されるように、数万人の税務職員が、日々納税者に接触し公務を行なっているのであるが、この税務職員が行なう現実の公務と密接に関連するものだ。この公務、通常、税務といわれているものだ。

 税務においては、国民の利害関係が錯綜し、日々刻々と複雑多岐に変化する社会経済に適切に対応していく必要がある。法律だけでは律しきれない部分を償うための措置、即ち、税務上の取扱いが税務当局によって定められているのは、このような理由からだ。
 この税務上の取扱いは通常、通達とか取り扱い、あるいは内規と言われている。一般に公表されているものもあれば、公表されていないものもある。
 公表されていない税務執行上の取扱いのうち、代表的なものが、税務調査に関するものだ。
 税務調査は、一般国民の権利・義務にストレートにかかわるもので、日本国憲法では5つの条文に関連する、税務の中でも極めて重要な手続きだ。それがこれまで公表されてこなかったのである。

(この項つづく)

(注)東大話法、安冨歩東大教授による造語。黒を白と言いくるめるインチキ論法のこと。

 ―― ―― ―― ―― ――

 ここで一句。

“仲直りだよと握手し足を踏み” -柏原、柏原のミミ

(毎日新聞、平成25年12月16日付、仲畑流万能川柳より)

(いつものことながら、この川柳子の落語的センスに感服。)

3362700+ 130 total views,  2 views today