相続税対策のワナ-①

 故本田宗一郎氏の長男である本田博俊氏(以下、本田氏という)が、脱税の罪で収監されたという(週刊現代、2011.7.16・23号、P.56~60)。



 本田氏は1942年生まれ、私と同い年だ。私も同じような体験(「冤罪を創る人々」参照)をしており、決して他人事ではない。本田氏の事件の概略を把握するために、時系列でまとめると次のようになる。

+1973年、株式会社無限(以下、会社という)を設立し、代表となる。
+本田氏は、会社の監査役A氏に、会社の再建だけでなく、本田家の相続税対策をも委ねた。
+2001年7月、会社の脱税の嫌疑で、関東信越国税局の査察を受ける。
+2003年7月、さいたま地検に、会社の元監査役A氏と共に会社の所得28億3,000万円を隠し、法人税約10億円を脱税したとして逮捕される。脱税容疑否認のまま、浦和拘置所で270日間勾留。
+2006年5月、さいたま地裁判決。本田氏は無罪、A氏は懲役3年、会社については罰金2億4,000万円。
+2007年9月、東京高裁判決。本田氏は逆転有罪、懲役2年、A氏及び会社は一審同様、それぞれ懲役3年、罰金2億4,000万円。高裁においては、主犯とされたA氏との共謀の有無が争点となり、「本田氏が不正な会計処理の詳細まで認識していたとは認められないがA氏による脱税計画の概要は理解し了承していた」として共謀を認定し、逆転有罪とした。主任弁護人は検察OB。
+2011年1月、最高裁は本田氏他の上告棄却を決定、2審判決が確定。
+本田氏は、「信頼していたA氏等に騙された」として、A氏等に対して14件の民事訴訟を起し、その全てが本田氏の勝訴に終っている。
(以上、1.~8.までは、主に前掲の週刊現代の記事によるが、一部は他から補った。)

 この脱税事件についてはいくつかの点で特異な点が目につく。
 まず第一の点は、A氏が策定した本田家の相続税対策が密接に絡んでいることだ。
 1991年に84歳で亡くなった本田宗一郎氏の遺産は184億円、宗一郎氏の妻(本田氏の母)は89億円を相続、残りを本田氏を含む3人の子で相続。この時の相続税額は62億円。本田氏の母親が相続した89億円は、2分の1の配偶者控除によって税負担なしでそのまま残存。この大半が、ホンダ興産(ホンダ株を所有する本田家の資産管理会社)の株式(79%所有、残りの21%は3人の子で所有)であったようだ。

 朝日新聞の取材に対して、本田氏は次のように答えている。(同紙2003.07.01)

「A氏は、1993年にホンダからの出向で会社の監査役となり、1996年ごろから『社長付』として経理だけでなく私や本田家の財産管理全体を任せ、印鑑・通帳・株券もすべて預けた。『不得手なことはできる人に頼め』は本田家の家訓だ。
調査の結果、私や本田家の財産が奪われていたことも分かった。」

 手許に詳しい裁判資料がないのではっきりしたことは言えないが、A氏が策定した本田家の相続税対策の中心は、ホンダ興産の株式を操作することであったようだ。その一環として、外資から61億円を借り入れ、株式の持分割合を変えることが行われたという。
 ところで、一般に行なわれている相続税対策には、随分といかがわしいものが多い。事業承継コンサルタントと称する人達が策定するプランは概ね手数料ネライであり、銀行、証券会社が提示するプランは、自分たちの商売のプラスになるように細工されている。相続税で悩んでいる人のことは二の次、三の次であり、単なる商売のターゲットでしかない。
 かつて、この手のシゴトでボロ儲けをした事業承継コンサルタントである会計士曰く、

「結果が分かるのは、相続が開始した後のこと。すでに依頼人は死んでいるし、こちらとしては、結果がどのようになろうとも知ったことではない。」

 本田氏の場合、高齢ながら故宗一郎氏夫人がご存命で、いまだ相続が開始していない。幸か不幸か、それまでの段階で怪しげな相続税対策のバケの皮が剥げたということだ。

(この項つづく)

***[追記]
 本稿は今年の7月に書き上げていたが、原発問題が緊急を要するものと判断して「原発とは何か?」の記事に切り換えた。私の中に渦巻いていた原発についての疑問が、このたび一応の解決をみたことから、4ヶ月遅れながら公表することとした。

 ―― ―― ―― ―― ――

 ここで一句。

“靴音じゃとても美人に聞こえたが” -神奈川、カトンボ

 

(毎日新聞、平成23年7月7日付、仲畑流万能川柳より)

(靴音美人にバック・シャン。)

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