400年に一度のチャンス -4

***4.日本は破産しない-(4)財務省の戯言(たわごと)①

 「日本の財政を考える」と題したレポートがある。財務省が平成20年9月に公表したものだ。自民党の長期腐敗政権が、暗愚の宰相、麻生太郎氏にバトンタッチされたのが平成20年9月24日であるから、自民党政権が存続することを前提として出されたものである。尚、民主党政権になってから財務省は、「日本の財政関係資料(平成22年8月)」を出しているが、そこで示されている財政運営の考え方は、このレポートに示されている考え方と基本的に変るところはない。一見すると、民主党のマニュフェストに沿っているかのような言葉が羅列されてはいるものの、内実が伴っていない。まさに面従服背、マニュフェストが見事なまでに骨抜きにされ、財政健全化の達成の時期に至っては5年以上も繰り延べされている。その上に、「内外の経済の重大な危機等により目標の達成が著しく困難と認められる場合には」(P.19)、達成の時期を更に繰り延べる、といった逃げ口上まで閣議決定(平成22年6月22日)させている始末である。民主党政権も随分とナメられたものだ。

 いずれにせよ、「日本の財政を考える」で示されたものが、財務省の基本的な考え方であるとして、以下検討を加える。

 このレポートの末尾に、

“国の財政は、私たち国民一人ひとりの暮らしと深く関わっています。財政を考えることは、私たちの未来を考えることです。みんなで考えていきましょう。”

とある。日本の財政を掌(つかさど)る財務省が、日本の財政の現状を分析し、将来のあるべき姿を提示し、国民全体で考えていこうと提言したものだ。

 このレポートの言わんとしていることは-、

 長年赤字財政を続けてきた結果、公債の残高が膨れ上がり、どうにもならない状態になった。社会保障にかかる歳出は増加の一途である。財政事情の改善にも鋭意取り組んではいるがとても追いつかない。このまま放置しておくと、次の世代に大きなツケを残すことになる。歳出の削減には、計画的に取り組んでいるが限界だ。財政を健全なものにするためにはどうしても歳入の増加を考えなければならない。

 以上のような論調の中に、さりげなく『主要先進国(アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ)の財政健全化に向けた取組』なるものをもぐり込ませて、財政の健全化には消費税のアップしかないといった考えに誘導するものだ。図表とかグラフを使って分かり易く説明しようとしているようではあるが、典型的な役人の作文である。戯言(たわごと)のオン・パレード、ツッコミどころ満載のシロモノだ。前回述べた「タメにするヨタ発言」である。

 50ページからなるこのレポートは、巷に溢れる「ヨタ発言」のもとになっているものと思われるので、問題点のいくつかを取り上げ、「タメにするヨタ発言」たる所以を説明する。
 問題点の最大のものは、財務省の姿勢である。財政が危機的状態にあり、財政の健全化が焦眉の急であるというのであれば、財務省はまず真摯な反省から出発しなければならない。しかし実際には反省どころではない。臆面もなく居直っているのである。
 財務省は単なる財政の管理人ではない。国の財政の責任者だ。それがこれまで無知で強欲な政治家を自由に操りながら、国の財政を好き勝手に弄んできた。
 会社であれば株主から経営を委託された経営者といったところである。経営状態が悪くなれば、株主ならぬ国民に事情を説明して素直にお詫びをし、その上で経営責任については国民の判断にゆだねるのが筋である。

 財務省には財政運営に失敗したという自覚が欠けている。レポート全般に流れているのは、財政の責任者である自分達のことは棚に上げて、失政の尻拭いを直ちに国民に押し付けようとしていることである。

 財務省の無責任な姿勢を端的に表わしているのは、自民党政権のときに策定された「基本方針2006」なるものを今なお掲げていることだ。政権は、このレポートが公表されてから一年後に大きく変ったのである。この時点で、民主党が国民に約束したマニュフェストをもとに、財政の基本方針は全面的に見直しをされ、一新されなければならなかった。
 しかし、それが全くなされていない。前述の通り、マニュフェストに従ったフリをしているだけだ。財務省の驕りであり、怠慢だ。もちろん、民主党政権にも責任がある。財務省の驕りを許し、怠慢を黙認しているからだ。政治主導ということを声高に唱えながら、役人に足元を見透かされ、嘗(な)められているのである。
 財政の健全化に関する民主党のマニュフェストの根幹は、一般会計、特別会計を合わせて年間で16兆8千億円を目標とした歳出の削減であり、これまで惰性的に組まれていた予算の大幅な組換えであった。ゼロベース予算と言ってもよい。自民党政権下では考えも及ばなかったこのような指針が示されたのであるから、公約が実現できるように基本方針を抜本的に見直すのは、財務省としては当然のことだ。
 ところが表面だけを適当に繕って、お茶を濁している。はじめから、する気がなかったと指弾されても仕方ない。
 一般の会社では、経済が停滞して先行きが不透明な中で、徹底的なコスト削減の努力をしている。乾いた雑巾を絞るというほどの血の滲むような努力をし、必死になって生き残りを図っている。主人公である国民が懸命の努力をしているのに対して、公僕である公務員、とりわけその象徴的存在である財務省の役人達が怠けているのである。

(この項つづく)

 ―― ―― ―― ―― ――

 ここで一句。

“注視する ようはなんにも しないのね” -神奈川、カトンボ

 

(毎日新聞、平成23年1月1日付、仲畑流万能川柳より)

(善処する、前向きに検討する、改善に向けて鋭意努力する。全て、何もしないことの役人用語。)

Loading