脱税摘発の現場から-6

***6.脱税・冤罪事件の3つの原因

 私の冤罪事件だけでなく、次から次へと脱税に関する冤罪事件が発生している現実。

 何故このようなトンデモないことが白昼堂々と、しかも国家の名において、あるいは社会正義の名において、繰り返されるのか。その原因は何か。



 私が辿りついた結論は次の3つ、これこそ脱税・冤罪事件が繰り返される原因である。



 一つは、司法制度においてチェック機能が欠落していることである。査察官によって間違った告発がなされても、検察官は税務と実社会についての知識が皆無に等しいので、その間違いに全く気がつかない。国税当局の言うがまま、いわば操り人形だ。刑事事件として法廷に持ち出されても、裁判官は検察官と同様に、あるいは検察官以上に無知であるために、よほどのヒドイインチキ(私のケースがまさにこのケースであった)がなされていない限り、フリーパスの状態で有罪判決へと突っ走る。これに加えて、検察官も裁判官も同じ仲間内、つまり同じ穴のムジナである。よほどのことがない限り、検察官の言い分を否定する無罪判決が出されることはない。

 弁護人が十分な役割を果たしていないのも問題だ。脱税裁判の中核をなすのは会計であり、会計が分かる弁護士が極めて少ないのが現実である。とりわけ、事実認定にあたって不可欠である、膨大な数字の読み込みができる弁護士に至っては皆無に近い。このような状態では、刑事事件における「厳格な証明」が検察官によって本当になされているかどうかチェックできるはずがない。

 これが、脱税事件における有罪率100%と、国税庁がPRパンフレットで豪語している実態だ。司法制度のチェック機能がマヒしており、事実上欠落しているのである。

 二つは、税務職員の調査能力の劣化・職業倫理の欠如と、国家公務員の無責任体制である。
 査察官を含めた税務職員の調査能力が劣化しているとはいっても、以前の調査能力が必ずしも秀れていたわけではない。基本的な理解に欠けている税務職員が余りにも多いということだ。ことに、脱税と認定するための、「偽りその他不正の行為」(所得税法第238条、法人税法第159条、相続税法第68条)、あるいは重加算税を認定するための「仮装・隠ぺい行為」(国税通則法68条)については、全くいいかげんで、驚くほど無知である。厳格な証明などどこ吹く風、予断にもとづく勝手気ままな認定が横行しているのである。
 私の冤罪をデッチ上げた張本人である大木洋氏(広島国税局調査査察部長を歴任した後退官し、現在は広島市で税理士事務所を開設している。「TKC と大木洋氏」参照)について、私はかつて、

“切れ味の鋭い日本刀を、やたら振りまわして遊んでいる、訳のわからないガキ大将のようなものである。危険極りない存在だ。”(「冤罪を創る人々」強制調査二日目 ― 平成5年9月29日(水)

と評したのであるが、大木洋氏のような怪しげな人物が今なおマルサとか料調を取り仕切っているのである。このような人物が問題であるのは、単に調査能力が劣化しているからだけではない。それ以前に、公務員としての最低限の心構えが欠けていること、つまり職業倫理がスッポリと欠落していることだ。
 その上に現在の国家公務員法には、職務として執行されたものである以上、いかに間違ったものであったとしても、個人を罰する規定がない。非行のやりたい放題であり、全くの野放し状態であることだ。大木洋氏が、私の事件の現場責任者として犯罪的行為まで行なっていたことが刑事法廷と国税不服審判所で明らかにされたにも拘らず、何のことはない、この人物が陣頭指揮をした査察事案の無罪が確定し、更正処分が全て取り消された直後に、そのマルサのトップである調査査察部長にまで登り詰めている事実こそ、無責任体制を何よりも雄弁に物語るものだ。

 三つは、いびつな税理士制度である。この業界法によって、国税庁の完璧なまでの支配下に置かれているのが、現在7万人いる税理士である。現在の日本の税理士は、国税当局の下請機関であると評しても決して過言ではない。税理士法でそのように仕組まれており、税理士としては、納税者の立場など初めから考えることができないようになっている。税理士法第一条で謳っている「独立した公正な立場」など、空念仏もいいところだ。

(この項つづく)

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 ここで一句。

“真夜中に妻の大根腹に降る” -東京、はまちゃん。

(毎日新聞、平成22年7月13日付、仲畑流万能川柳より)

(顔でなくてご同慶の至り。)

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