乾隆帝の壺-5

 松平直寿氏は、『出入捷覧』の記述を踏まえて、不昧公の茶道具の収集については次のように述べている。『7代目の不昧は茶人として有名で、名物茶道具の収集でも大金を使ったと思われているが、実際には藩の公金は一両も使っておらず、すべて自身の手当金の中でやりくりしており、わずかに彼の死後、茶道具の不払金を(公金から-山根注)分割して支払っている。』(前掲書) 私はこれまで、不昧公が収集したとされる茶道具は、ここ島根の地だけでなく全国各地の美術館でかなりの数を目にしている。中には井戸茶碗など国宝・重要文化財に指定されているものも少なからずあった。

 しかし、正直なところ私には一つとして心に響くものはなかった。見る眼がない、と言われればそれまでのことであるが、何故不昧公が大金をはたいてまで買い集めたのか、理解不能であった。

 不昧公の収集品だけではない。上野の国立博物館をはじめ、根津美術館他に収蔵されている茶道具、ことに茶碗、水指しなど、古瀬戸、志野、織部の逸品と言われても、あるいは、長次郎、光悦の最高傑作と言われても、ああ、そうですかと応答する位が関の山だ。中でも、不昧公とか千利休ゆかりの竹の花入れに至っては、汚ならしいという印象しか残っていない。

 そのような中で唯一私の心を打った作品があった。国宝の油滴天目茶碗である。
 30年近く前、京都国立博物館で安宅コレクションの展示があり、その目玉とされた展示物であった。木葉天目と禾目天目と共に展示されていたが、油滴天目だけが文字通りひときわ光り輝いていたのである。

 油滴天目茶碗。(十二-十三世紀)建窯、国宝、安宅コレクション。高7.5cm、口径12.2cm、高台径4.2cm。油滴も建盞の一種で、曜変に次いでたっとばれている。油滴とは和名で、中国では滴珠とよばれる。…
 この若州酒井家伝来の油滴天目は、わが国伝来の油滴の中では最上と称されるもので、銀色に輝くうちにかすかに青みを帯びて、すばらしい。口縁には金覆輪がある。
 もと関白秀次が所持、のち西本願寺を経て京都六角の三井家に伝わり、その後さらに若州酒井家の蔵となり、今日の所有者に及んでいる。(満風忠成)

-「世界陶磁全集 12 宋 P.100-小学館」より。

 尚、安宅産業が倒産した後、現在は大阪市立東洋陶磁美術館の所蔵となっているはずである。

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 初めてこの油滴天目に接したときの衝撃は強烈であった。一度見てはその場を去り、しばらく歩き回ってから再び見る。この繰り返しを何回したことであろうか。この気持ちは更に尾を引き、日を換えて都合3回も京都国立博物館に通ったほどだ。あれから30年、未だに油滴天目の輝きが脳裡を去来する。
 15年前の阪神大震災の折、いくつかの貴重な文化財級の陶磁器が壊れたようであるが、この油滴天目は幸いにも被害をまぬがれたと聞く。再会が楽しみである。

 不昧公好みの茶器は、いわばわび・さびの世界だ。これに対して、私の心をとらえた油滴天目は、わび・さびとは対極にあるものと言ってよい。まさに人が創り上げた宝石であり、名もなき職人達による修練の結晶である。この点、乾隆帝が求めた美と共通するものがあるのではないか。このような見方をすれば、油滴天目茶碗は、日本の茶道における茶器としては異端のものであるかもしれない。

 わび・さびについては一つの思い出がある。日本の歴史と古典について親しく教えていただいた歴史家の速水保孝先生、先生は書画骨董にも造詣が深く、しばしば茶器などの現物を前にして教えを受けた。しかし、何度教えてもらっても私にはその良さが理解できず、遂には先生をして、

「山根君はわび・さびが分らないからなあ」

と嘆息せしめたほどであった。
 確かにその通りである。「どうだ、いいだろう」と言われても何がいいのか分らない。世の目利きが珍重するような茶器がわび・さびを基本とするものであるとするならば、私にはその良さが全く理解できないのである。私が油滴天目に感動したり、たまたま手許に来ている乾隆帝の壷に感動するのは、わび・さびといった日本特有の美意識ではなく、単純に美しいものを美しいと感ずるグローバルな感覚を持っているからであろうと、無理にこじつけては自らをなぐさめている次第である。

(この項おわり)

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 ここで一句。

“待合で みんな立ってる 肛門科” -越谷、小藤正明。

(毎日新聞、平成22年1月11日付、仲畑流万能川柳より)

(座ればひびくジヌシかな。)

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