159 続・いじめの構図 -3

****その3)

ものものしい雰囲気の捜査は、私以外の関係者の事情聴取から始まった。はじめのうちは、実態さえ説明して分ってもらえば誤解が解けるだろうと気軽に考えていた。しかし、そのような甘い考えは、すぐに吹き飛んだ。関係者がウソの自白を強要され、事実に反する供述調書がデッチ上げられている。なにがなんでも再び私を告発し、検察に逮捕させようとしているのである。

この時点で私は、直ちに次の2つの対抗策を講じた。

一つは歯の治療を早く終えることであった。一年程前から歯の全面的な治療にとりかかっており、その時仮歯の段階に入っていた。このような段階で逮捕され、収監されたらたまったものではない。
思えば、11年前に逮捕され、291日の間拘置所に勾留されたことによって私にマイナスとなったことはほとんどない。マイナスと思われたことが、結果的にプラス、それも私が考えた以上のプラスに転じていた。
唯一、マイナスのままで終ったのが私の歯の状態だ。確実に悪くなったのである。当時は一応治療が終ってはいたものの、アフター・ケアが必要な状況であった。
案の定、勾留されてほどなく部分入れ歯の装着が外れてしまった。弁護人を通じて、私の親友であり、お世話になっているT歯科医師に連絡した。直ちに処置をしなければいけない、来院するか、それができなければ自分が拘置所まで出向いて治療すると言っていただいた。

T歯科医師。私と同年輩のT氏は名医として名高く、その人柄と技術力には定評がある。いつも予約で満杯だ。そのT氏が私の治療のために拘置所まで出向くという。弁護人からT氏のメッセージを聴いたとき、思わず涙がこぼれた。突然逮捕勾留されたことによって精神状態が不安定になっており、涙もろくなっていたのは事実であるが、それにしてもT氏の真情が嬉しかったのである。
しかし、治療のために医院に行くことも、T医師が拘置所に出向いて治療することもできなかった。どうしても官の許可が得られなかったのである。
やむなく刑務所付きの歯科医師に治療してもらう羽目になった。待つこと半月、治療という名の破壊作業が始まった。この男、歯科医師とは名ばかりの、ヤブ医者以前の人物で、私の歯の状態は確実に悪化した。今でもこの人物が、松江刑務所において受刑者と未決囚の歯を破壊し続けているのであろうか。

このような苦い経験をしているだけに、逮捕のおそれが生じた時真っ先に考えたのは、歯の状態を完全にしておくことであった。早速T歯科医院に出向き、事情を話して治療を早めてもらうことにした。T氏はギッシリつまっている診療予約をやりくりして超特急で仕上げて下さった。
歯についての後顧の憂いがなくなった。こうなったら逮捕されようが、勾留されようがどうってことはない。矢でも鉄砲でも持ってこい、売られた仁義なき闘いを受けて立つ体制が整った。断片的には読みながらも、全体的に読み込んでいない源氏物語を房内に持ち込むことを考え、岩波古典文学大系「源氏物語」1~5を揃えた。

対抗策の2つ目は、公務員としての職権を濫用して、またしても犯罪をデッチ上げようとしている国税局という名の暴力装置の言動について、克明な記録をとることであった。刑事法廷の場でどのようなものが証拠として通用するのか、自らの体験を通して身につけていたので、客観的かつ具体的な証拠を添えて細大漏らさず記録した。

税理士専門官である小川正義氏は、私への事情聴取に先立ち、事情聴取の法的根拠を私に示した。「財務省設置法」という初めて目にする法令である。税理士であれば、税理士法の規定を根拠として事情聴取ができるのであるが、私の場合登録していないため税理士法に基づいては事情聴取ができないという。
小川氏が私に告知した根拠条文は、同法第19条であった。

「国税庁は、内国税の適正かつ公平な賦課及び徴収の実現、酒類業の健全な発達及び税理士業務の適正な運営の確保を図ることを任務とする。」

つまり、私への取調べは、国税庁の職員が財務省設置法という法令の規定に従って公務として行なった訳である。ならば、彼らが作成した、聴取書(ききとりしょ)という名の供述調書はれっきとした公用文書である。
この公用文書である聴取書を勝手につくってくる。喋ってもいないことを勝手に書き込むのである。山根治がニセ税理士で、税理士法違反行為をしているという、事実に反する架空のストーリーが既に出来上がっていて、それに合わせるように供述調書をデッチ上げるのである。典型的な捏造である。
もちろん私はそのようなものに同意したり、署名捺印したりなどするはずがない。私にはゴマカシも恫喝も一切通用しない。徹底的にチェックし、何回かの手直しを要求した。
事情聴取のやり方は、税理士法人の主宰者であるK公認会計士と、松江事務所の責任者であるM税理士も同様であった。この2人については、東京国税局管内の担当者が、税理士法人の取り潰しとか、税理士資格の剥奪をにおわせて、恫喝したそうである。このためもあったろうか、私の事務所の税理士業務の一切をやっていた税理士法人は、平成18年6月10日をもって松江事務所を慌しく閉鎖してしまった。これは、私を破滅に追いやる一つのステップとなるものであった。

私の手許には、私の分だけでなく、複数の税理士と事務所職員の聴取書の写しが残っている。何回もの訂正を経た最終的なものだけでなく、架空のストーリーが組み込まれたインチキ聴取書も、彼らが作成したままの生々しい形で残された。厳重に抗議をし、訂正を求めた全てのやり取りは、3台の録音機によって記録されている。しかも、広島国税局と東京国税局には、それぞれの段階の聴取書が、私の記録と照応する形でそのまま残っているはずだ。一度作成された公用文書は、たとえ未完成のものであっても、破棄したりできないからである(刑法第258条、公用文書等毀棄の罪)。
前述の如く、聴取書は公用文書である。彼らは組織をあげて公務としてインチキ文書を作成した訳だ。虚偽の公用文書の作成である。執行猶予中の3年間は用心に用心に重ねており、法に触れるような税理士業務など一切やっていないという厳然たる事実が存在していたことに加え、万一、デッチ上げの告発がなされ、逮捕・起訴されたとしても十二分に対抗できる証拠が揃ったのである。

 

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