153 いじめの構図 -2

****その2)

その後も、いじめとしか考えられない仕打ちが次から次へと続いた。慣れとはおそろしいもので、次第にいじめが苦にならなくなってきた。自らの意外な順応性を発見した思いであった。

それでも、官のなすがままに放ってはおけないことがあった。9割方はどうでもいいことであったが、残りの1割程にひっかかった。裁判の準備に支障を及ぼすことがらと私の健康に関することがら、それに明らかに違法なことがらである。この3つについては、一切の妥協をしなかった。

ただ、前回のように再び弁護人に依頼することはしたくなかった。私の自尊心からも、今度は自分で打開の方策を考えることにした。いじめられっ子が、父親に泣きつくようで嫌になったのである。

独房内に備え付けられている、「被勾留者所内生活の心得」(37ページのもの)と、「被収容者遵守事項-平成6年7月1日達示第4号」(9ページのもの)によると、処遇に対する不服申立には2つある。面接と情願(じょうがん)である。
面接は、所長その他の関係職員に対して申し立てることができるものであり、情願は法務大臣又は巡閲官に対して認められているものだ。ともに、あらかじめ願箋(がんせん)にその目的又は要旨を書いて申し出ることになっている。
私はまず所長面接から始めることにした。松江刑務所長に対して、処遇についての不服を申し立てたのである。主任看守が苦虫を噛み潰したような顔をして願箋を渡してくれたことが強く印象に残っている。
所長面接を申し立てた翌日、管理棟の2階に連れていかれた。広々とした応接間で、ゆったりしたソファーがあり、床にはワインレッドの厚いジュータンが敷かれていた。対応したのは、総務部長であった。彼は、所長の代理として面接を行なう旨申し述べ、おだやかに話しかけてきた。温厚な人柄の人物であった。

「山根さんのような立場の人にとって、ここでの生活は何かと大変でしょうね。多くの人の世話を少ない人数でこなしていますので、行き届かないこともあって、あるいはご不満に思われることがあるかもしれません。規則に従ってやっているつもりですが、このような当所なりの事情についてもご理解下さい。」

私を心からいたわりなだめるように話しかけた総務部長の言葉は、久しぶりに飲んだ煎茶と共に、私の心の中に深く沁み込んだ。面接の後直ちに、不服を申し立てた処遇が改められた。所長面接はこのときだけで、以降一度も行なっていない。これまた、弁護士に頼むのと同様に、父親に訴えるような甘えの構図が連想され、私のプライドが許さなかったのである。

平成8年の夏の夕方であった。フトンを敷いて横になることが許されている6時以降のことである。私は掛ブトンの上に足を乗せ、ひっくりかえって本を読んでいた。突然、夜間見廻りの看守が廊下から看視窓越しに大声をあげて私を叱責した。

「被告人のくせに、なんて格構をしているんだ! フトンから足を下ろせ!」

昼間の担当看守とは既に半年ほどの付き合いをしており、お互いに気心が知れていた。担当看守であれば、間違ってもこのような侮蔑的な物言いはしない。私も普通に注意されれば、素直に従ったはずである。しかもこの時の夜間看守は、平成8年2月2日の拘置理由開示の裁判のときに私を裁判所に連れていった20歳台の若い人物であった。法廷にいる公衆の面前で私をさらし者にし、私を侮辱し、いたぶった男である。詳しくは「冤罪を創る人々」の第四章二.(4)「拘置理由開示の裁判」で記した。(注.現在諸事情により公開を見合わせています)
“被告人のくせに”という侮蔑的な言辞を発したのはこの若い看守のほかに今一人いた。私と同年輩の処遇首席である。これについては、「引かれ者の小唄」の九.「人間模様」で詳述したところである。

ちなみに、被告人という言葉自体に侮蔑的な意味合いはない。刑事訴訟法における法律用語であるにすぎない。ところが前後の文脈、あるいは言い方次第によっては侮蔑的なものとなる。処遇首席の場合がそうであったし、この若い看守の場合もそうであった。
日本の場合、逮捕され身柄が勾留された時点で犯罪者扱いとなる。現在のマスコミの論調は全てそうである。ましてや刑事訴追され刑事被告人となったら尚更だ。法律をよく知らない若い看守とか処遇首席が、マスコミの悪しき風習に染まっているのも無理からぬところがあるかもしれない。
しかし、推定無罪、つまり、刑が確定するまでは無罪であることが推定されるというのが、日本における刑法の立場であることから、逃亡とか証拠隠滅を防ぐために身柄を拘束しているにすぎない拘置所で、侮蔑的な言葉を弄び被告人を侮辱することが許されるはずがない。

私の中で何かかがプチンとはじけた。無言のまま、読みかけていた文庫本を床にたたきつけたのである。

 

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