江戸時代の会計士 -13

算者(会計士)としての恩田木工は、次のような計算を示して領民たちに理解を求めようとしました。

“手前算者にも積らせ、自身にても当ってみたれども、先づ願ひ事何かにつけて、御領分の者共より諸役人へ賄賂を遣(つか)ふこと、年中には百石につき積り、銭何程(いかほど)、又年中諸役へ人足手間費(ついえ)の分、銭に積り百石に何程、さて九百人の足軽年貢催促に出(いだ)し候節、月々故、年中に割合ひ百石につき、この者共の泊り賄(まかな)ひ・人足入用、百石につき何程、右の品々〆上(しめあ)げて見れば、年貢高のうち七分ほどなり。みなみな無益になくなり仕廻(しま)はば、御上の御為にもならず、百姓の方の費(ついえ)のもの入りにて、其方共の損毛(そんもう)。この七分の上に今三分出せば、当年貢相済むなり。このところを帰村の上、惣(そう)百姓へ申し聞かせ、向後七分の損毛なしに、只(ただ)三分足せば当年貢が済み候間、当月より松代は御年貢月割にて上納してくれよ。此所が惣百姓への拠(よんどころ)なき無心なり。それともに、皆の所存次第にて、手前に役儀首尾よく勤めさせるも、又は切腹させ候とも、皆の了簡次第のところなり。この訳、皆へ言ひ聞かせ、得(とく)と熟談の上、追って返答してくれよ。”
(こちらでは会計担当者に計算させ、自分でも検討してみたところ、まず願い事をする場合に何かにつけて、領内の者がそれぞれの役人に賄賂をつかうこと、一年で百石につきお金にしていか程、又一年の諸役につかうこと、お金にして百石につきいか程、あるいは又、900人の足軽が年貢の催促に泊り込みで出向く際の費用は、百石当りいか程。このように積み上げて計算してみたところ、年貢高の7割にもなることが分った。これらのものは皆全て無駄になってしまうもので、殿様の為にもならず、領民としては出費がかさむことから損失だ。
今まで負担していたこの7割分は今後負担しなくともよい訳で、この7割の上にあと3割追加すれば今年度の年貢は済むことになる。従って今月より当藩では年貢を月割りで納めて欲しい。これが皆へのたってのお願いだ。
私が殿からの大役を首尾よく果すことができるか、あるいは失敗して切腹しなければならないのかは、皆の考え次第ということだ。
このソロバン勘定を、帰ってから皆の者に言いきかせてじっくりと相談した上で、改めて返答してはくれないか。)

これまで役人に賄賂として使っていた出費、労働奉仕として使っていた手間賃、あるいは年貢の催促にあたる900人の足軽のために使っていた飲食等の賄い費、この3つのものは全く無駄に消えてしまうもので、藩の財政に資することはないと木工は考えました。
恩田木工はこの3つについては、今後一切無用のものとすると領民に言ったばかりですので、それをふまえて、これが今後領民の負担から外れたらどうなるのか計算したというのです。
つまり、3つを合算してみると、なんと年貢高の70%も占める計算になるというのです。
すると、前納、前々納をした者であっても、これらの3つの負担を従来はしてきたのですから、今後これらが無くなるものとすれば、今年度について言えば、年貢高の30%に相当する負担で済むことなるではないか、更に来年度からは従来に比較して、事実上年貢高の30%を負担するだけで済むのではないかと、領民に問いかけるのでした。
恩田木工はこのように先納、先々納分は帳消しにした上で、今年度分の年貢は納めて欲しい、仮にそのようにしても今後のことを考えると決して領民の損にはならないはずであると、領民を理詰めで説得します。
更に、従来は年貢の納入が年二回であったのを、今後は毎月、月割りにして納入することを求めます。
この第二の無心について木工は、出席した領民の代表に対して即答することは求めませんでした。領民にとっても決して損にはならないことを帰ってから村の皆に話して聞かせ、じっくと相談(熟談)した上で返答するように話しかけています。

これに対して、領民の代表達は、

“畏り奉り候。今日直(すぐ)に御請(うけ)申し上げたく存じ奉り候へども、かへすがへす惣百姓へも申し聞かせ候様、仰せつけられ候こと故、罷(まか)り帰り、有難き御政道の趣(おもむき)申し聞かせ、悦(よろこ)ばせ候うえにて、重ねて御請申し上ぐべし、と御受け申し上げ候事。”
(「かしこまりました。今日この場で直ちにご承諾申し上げたいとは存じますが、重ね重ね村の全員にも話して聞かせるようにおっしゃっていただきましたので、帰ってからありがたいおはからいのご趣旨を皆に申し聞かせ、喜ばせてやった上で、改めてご承諾させていただきます。」とお話しを承ったことであった。)

お城の大広間で領民と向き合っている恩田木工と領民達の息づかいが生々しく伝わってくるようですね。250年の時空を超えて、私の座り机の前で立体的な映像が鮮やかに展開し、音声が聞えてくる思いがいたします。

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ここで一句。

“自分にはとてもやさしいお役人” -都城、西博隆。

 

(毎日新聞:平成17年7月1日号より)

(-そのやさしさを他人にも。)

 

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