江戸時代の会計士 -11

次に木工は、領民のうちで御用金(江戸時代、幕府、諸藩が財政窮乏を補うため臨時に御用商人などに賦課した金銭。-岩波書店、広辞苑)を出している者達に向って、問いかけます。

“御用金を出したる者ども相詰め候や。其方共は何故に御用金は差上げ候や。上納すれば利足(りそく)にても下され候や。何ぞ勝手によろしき筋これあり候て指上げ候か如何(いかが)。”
(御用金を出した者たちはここに来ているか。お前達は何故御用金を出したのであるか。出せば利息でももらえるというのか。あるいは、懐具合にいいことでもあって上納したのであるか、どうか。)

領民はこの問いかけに対して、滅相もないとばかり、次のように答えます。

“只今まで折々御用金差上げ候へども、御利足下され候儀は勿論、元金にても終(つい)に御返済遊ばされ候儀御座無く候て、難儀至極仕り候。御役人中様より厳しく御取立なされ候故、是非なく差上げ候。”
(いえいえ、今まで折にふれて御用金を出しましたものの、利息をいただくことは勿論のこと、元金さえも返済していただけない状況で、困り果てているのです。役人様が厳しくお取り立てなさいますので、やむをえず出しているような次第です。)

これを受けた恩田木工はまたしても領民と役人とを叱りつけます。

“さればとよ、役人より申しつけ候とも、何分御座らぬと言ひ断り申すべき筈なり。縦(たとい)公儀より御用金仰せつけられ候とも、手前共が江戸へ出て、御座らぬと言ふて出さぬとて、殺すにもならず。然らば、出る筈はなき訳なれば、それを言ひつけ次第出すと言ふは、其方達が所持して居ればとて御返済も無き金を出させると云ふは、余りとは非道(ひどう)の仕方なり。”
(それはそうかもしれないが、役人から申しつけられたからといっても、出すお金はございませんと言って断るのが筋というものだ。当藩が幕府より御用金を出せと言われても、われわれが江戸まで出向いて、ございませんと言って御用金を出さないからといって、それで殺される訳ではない。そう考えれば、出るはずはないではないか。しかも、役人に言いつけられたらすぐに出すというのは、一体どういうことなんだ。役人も役人だ。お前たちが金を持っているからといって、返済もできないような金を出させるというのは、あまりにもひどいやり方だ。)

木工は以上のように叱りつけた上で、再び

“斯(か)く言ふは理窟なり”
(このように言うのは理屈というものだ。)

と一転して別の考え方を提示して、領民と役人双方を誉め上げるのです。

“誠は御上に御金なき故に、江戸表の御役儀も相勤めなされかね候故、其方共が当時持ち合わせたるを幸ひに無心(むしん)して、拠(よんどころ)なく御用金も出させて、江戸表の御用も弁じたるものなり。返済したくとも、元来なきもの故の仕方なさに、その儀なく打過ぎたるものなり。然れば、役人の非道と言ふものにもあらず、其方共が江戸御用の訳を篤(とく)と知りたる故、迷惑ながらも指出(さしだ)したるものなり。それ故、御用も御間(おま)欠けなく相済み、奇特(きどく)千万なり。其方達の出金(しゅっきん)故、江戸表御役筋御首尾よく相勤まり、殿様にも御満足遊ばされ候こと神妙なり。”
(実際のところは藩にお金がないために、江戸での公務も十分にできないような状況で、お前達が当時持ち合せていたのをいいことにして無理にお願いして、やむなく御用金を出させて江戸での費用も賄ったものだ。
返済しようと思っても、もともとお金がないのであるから、返済することなく今に至ったものである。こう考えれば、役人たちがひどいやり方をしたとも言えない。お前たちが江戸での公務の内情を十分に知っているために、迷惑とは思いながらも出したものだからだ。それによって公務もとどこおりなくやりとげることができ、誠に殊勝なことである。
お前たちがお金を出してくれたおかげで、江戸での公務も首尾よく勤めることができ、殿様におかれては御満足されている、これまた殊勝なことである。)

恩田木工は、このように話した後、6つ目の提案をいたします。

“この已後(いご)、御用金等一切申しつけまじく候間、左様に心得申すべし。”
(今後は、御用金など一切申しつけたりはしないこととするので、そのように承知するように。)

今後は御用金を出さなくてもよいというのですから、領民一同、

“有難き仕合(しあわ)せと請(うけ)申し聞(き)け候。”
(ありがたいことでございます、と木工の言葉を受けとめたのであった。)

恩田木工は、最後の7つ目の提案にとりかかるのですが、それに先だって、年貢未納について厳しく叱責いたします。「日暮硯」の筆者の筆はいよいよ躍動し、会合におけるクライマックスを描き出すに至ります。

“御年貢未進(みしん)致し候者参り居り候や。其方共は何とて未進致し候や。惣じて田地と言ふものは、御上納を致し諸役を相勤め候上にて、妻子を養育して楽しみ、家内暮さるるほど積もり置きたるものなり。蒔(ま)きつる節に蒔きつけ、相応に養ひをして、時節を違(たが)へず耕作すれば、御年貢なき理(ことわり)はこれ無筈に候。然るに未進を致すは、第一家業を疎(おろそ)かにして、人並(ひとなみ)に耕作もせぬ故なり。御年貢上納するほど作り出さぬと言ふは不届千万なり。その上、先納・先々納さへ差上候者のあるに、未進すると言ふは言語道断、不届者なり。悪(にく)き奴原(やつばら)、寸々(すんずん)にしてくれてもあきたらぬ者共なり。役人は又、何とて此の者共に未進させて置きたるぞ。骨を削(そ)ぎても急度(きっと)取り立つべき筈なり。それに未進させて置きしは、役人大べらぼう、悪(にく)き奴(やつ)ばらなり。”
(年貢未納の者はきているのか。お前達は何故年貢を納めないのだ。そもそも田地というものは、年貢を納め諸々の労役を務めた上で妻子を養って一家が暮らせるように与えられているものである。種を播くべきときに種を播き、適切に世話をして、時期を間違えずに耕作すれば、年貢を払えない訳がない。
ところが年貢を払えないという。それは、家業をおろそかにして人並に耕作をしなかったからだ。年貢を納めるほどの収穫がないというのは、不届千万である。
更に言えば、先納したり先々納をする者もあるというのに、当年分の年貢を納めないというのは言語道断であり、ふとどき者というべきである。憎っくき奴ら、八つ裂きにしてもあきたらない者たちだ。
役人もまた役人だ。何故この連中の未納を放置していたのか。骨を削ってでも必ず取り立てるのが筋道だ。未納の状態を放っておいた役人は、大べらぼうであり、憎っくき奴らだ。)

恩田木工は、年貢未納の者と未納をなすがままに許してきた役人に対して、激しい口調で叱責し、罵るのです。
木工の叱責のあまりの激しさに、

“評に曰く、この時の気色(けしき)、二目(ふため)とも見られぬ恐しき有様なり。面(おもて)を上げたる者一人なかりしとぞ。”
(伝えられるところでは、この時の顔つきは誠に恐ろしい形相であった。下を向いたままで、顔をあげる者は一人もなかったという。)

一呼吸おいて、木工は三たび、

“斯(か)く言ふは理窟といふものなり”
(このように言うのは、理屈というものだ。)

と話を転じ、しんみりとした口調で領民と役人達に語りかけるのでした。

“殿様御勝手御不如意の事も存じの前、御用金を出し、先々納まで差上ぐる者ある中に、未進すると言ふは、よくよく貧にて内証に物なき故の事なるべし。其方共も人並に急度(きっと)上納はしたくは思ふべけれども、不仕合(ふしあわせ)に逢ふか、長煩(ながわずらい)するか、不慮の災難に逢ふるにて、耕作も存分ならぬ故、収納少なき事なるべし。さぞさぞ難儀なるべし。甚だ不便(ふびん)千万、気の毒なる事なり。役人も又其方(そのほう)共の物無き事をよくよく知りて、未進も用捨(容赦)して置きたるものなり。これは役人の仁政といふものなり。誠に有難きことなり。”
(殿様のふところ具合いがよくないことを十分に承知した上で、御用金を出したり、先々納までする者がある中にあって、年貢を納めないというのは、よくよく貧しく納めようにも納めるものがないからであろう。お前たちもなんとか年貢を納めたいとは思ってはいるであろうが、不幸に見舞われるか、長の病をするか、あるいは思わぬ災難にあうかして、稲の耕作も十分にできずに収穫が少なかったのであろう。さぞかし苦々しい思いをしたことであろう。誠に不憐であり、気の毒なことである。
役人としてもお前たちに納めるものがないことを十分に知っていたので、年貢の未納をそのままにしておいたものだ。これは役人の思いやりというものだ。実にありがたいことではないか。)

このように述べた後に、木工は、最後の7つ目の提案を切り出します。

“然れば、この上「未進候分は指上げよ」と申しつけたればとて、元来無きものなれば、差し出すべき手段もあるまい。いよいよ御取なされぬは御上の御損、上納せぬは其方共の得(とく)にして、只今までの未進の分は上納に及ばず、残らず下し置かれ候ほどに、左様に相心得申すべく候。その代り、当年貢は一粒も未進させることはならぬぞ。急度(きっと)上納仕るべし。万一この上未進致す者これあるに於(お)いては、曲事(くせごと。法にそむく事柄。違法。)に申しつくべく候間、左様心得べく候。縦令(たとい)はだかに相成り候ても上納仕(つかまつ)るべく候。”
(このような次第であれば、今更年貢の未納分を納めよと申しつけたからといって、もともと納めるものがないのだから、納める方法もないであろう。
未納分を徴収しないのは藩の損、納めないのは、お前たちの得ということにして、これまでの未納分は納入する必要はなく、お前たちに残らず下げ渡すことにするので、そのように心得えよ。
そのかわりに、当年の年貢は一粒といえども未納にしていはいけない。必ず納入すること。万一、未納の者があれば処罰するつもりであるから、そのように承知するように。たとい、丸裸になっても納入を心がけよ。)

このようにして、恩田木工は、領民に対して7つの提案をして、全てについて領民の了解をとりつける訳ですが、これらは全て次に繰り出す3つの無心を領民に納得させるための伏線だったのです。

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ここで一句。

“古女房、浮気亭主に手を焼いて、おどしあげたり、すかしてみたり” -Auge Mensch。
 
 

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