ホリエモンの錬金術 -20
- 2005.07.26
- 山根治blog
少なからぬ数の方々から、堀江貴文という人物を刑事告発すべきではないか、という意見をいただきました。ブログに寄せられたコメントとか、あるいは直接ファックスとかメールによって私のもとに届いています。
中には、ある著名な方から一緒に告発しようという申し出さえありました。
しかし、私の記事は公表されている資料をもとに、ホリエモンという特異な人物の一つの側面を具体的な数字によって解明しようとしたものであり、決してそれ以上のものではありません。
従って、本名を名乗ってこられた方には、その都度、告発は私の目的でもなければ、私の任でもないとして丁重にお断りしてきました。
仮に、ホリエモンに真実、犯罪の疑いがあり、それが刑事告発に相当するものであったとしても、告発は私の役回りではないと思っているからです。
私自身がマルサと検察という国家権力によって不当な告発と訴追をされて、冤罪で苦しんだ経験があるだけに、たとえどのような人物であれ、軽々しく告発することなど考えることができないのです。
人が人を裁くことの不条理、つまり、現在の司法制度、ことに、いいかげんな検察官と寝ぼけたような裁判官によって断罪されざるを得ない不条理に強い疑問と不信感を抱いてしまったことが私の根底にあるからでしょう。
私は34才の時に郷里の松江に帰り、会計事務所を開設しました。30年ほど前のことです。
開設挨拶の返書に添えて、大学時代の恩師高橋泰蔵先生は、一幅の書を寄せて下さいました。
味わい深い筆致の書に曰く、
(論語、里仁第四。“富と貴(たっと)きとは、是れ人の欲する所なり。其の道を以てこれを得ざれば、処(お)らざるなり”-『富と貴い身分とはこれはだれでも欲しがるものだ。しかし、それ相当の方法(正しい勤勉や高潔な人格)で得たのでなければ、そこに安住しない。』-読み下し文と現代語訳は、岩波文庫、金谷治訳注の『論語』によっています。)
秀れた経済学者であると同時に、漢籍にも広く通じておられた先生が、敢えて古典の中の古典といわれている論語の一節を選び、私の再スタートのはなむけにして下さったのです。
友人の表具師に頼んで表装し、今に至るも私の座右銘にしているものです。
財産と社会的な地位は、正当な手段をもって手に入れたものでない限り、空しいものである、-今から2500年余り前の紀元前552年に魯(ろ)の国に生を享けた孔子の言葉は、高橋泰蔵博士という碩学の筆を通して私に伝えられ、私の心の中にしっかりと活きています。
堀江貴文という異形の人物は、平成の時代に突然発生した珍しい存在ではありません。歴史を辿ってみれば、悪知恵の限りを尽し、巨万の富を築いた輩は、それこそ掃いて捨てるほどいます。どのように不正な手段を用いてでも、お金を稼ぐことができればよい、稼ぐが勝ち、といった人種は、洋の東西を問わず古代から現代に至るまで、それぞれの時代に数多く存在しているのです。
そのような類いの人種が、ITベンチャーの仮面をかぶって今の世に存在しているとしても決して不思議ではありません。
このような怪しげな存在について、どのように考えたらいいでしょうか。社会的に許されない存在として、しかるべき社会的な制裁を加え、社会から抹殺すべしという考えもあるでしょう。しかし、私はこのような考え方に対して必ずしも賛同することはできません。
異分子を寄ってたかって直ちに排除しようとするのは、かえって別の恐ろしささえ感じます。そのようなゴマカシの生き方が長く続くものではないことは歴史が示していますので、それが自然に淘汰されるまでの間、自由に泳ぐことを許している現在の日本社会(私は自由、平和、平等の点において世界のトップクラスに位置していると考えています)をこそ高く評価すべきでしょう。
ホリエモンだけでなく、IPO成金の中にはホリエモン以上に怪しげな輩がかなりうごめいています。日本にはもともとヤクザなどの異端者をいわば必要悪として受け入れる土壌がある上に、今の日本社会はそれらのものをある程度許容できる経済規模に達しており、直ちに目くじらを立てて排斥することもないでしょう。ある種のマスコミ、あるいは政治屋が錦の御旗として振りかざす安っぽい社会正義は、かえって国家社会に別の意味で大きな害悪を与えることもあるのですから。
現在までに、ホリエモンはライブドアという会社に1700億円ほど資金を取り込み、自らの所有株を売却することによって個人的に140億円ほど手に入れています。
この先、更に5000億円、あるいは1兆円の資金を手に入れるかもしれないホリエモンとライブドアを想定してみますと、逆説的な言い方をすれば日本のためにかえってプラスになるかもしれません。
日本はこの10年余りの間、アメリカに操られて、ほとんど無定見にグローバリゼーションの波に乗せられてきました。
グローバリゼーションという名のアメリカ本位の「改革」は、日本にとって必ずしもプラスになるものではありません。私の専門分野である企業会計の分野においても、議論らしい議論がまともになされないままに、訳の分らないグローバル・スタンダードに振り回されてきたというのが実態です。
ホリエモンのように現在の法規制に違反しないならば何をやってもよい、あるいは、仮に違反していても外部にバレなければよい、といった超ドライな考え方の拝金主義者が、自分の自由になる多額のお金を手にした場合どうなるのか。通常の人であるならば思いつくことはあっても実行に移すことをためらうようなことを平気でやる訳ですから、しかも欧米のハゲタカファンドでさえ顔をしかめるような極端なことを平気で実行に移す訳ですから、アメリカ中心の偽りのグローバリゼーションの矛盾点があぶり出され、白日のもとにさらされる可能性があるのです。毒をもって毒を制す、といったところでしょうか。ホリエモンがやってきた数々の奇策は、彼の発案によるものではなく、ほとんど全てがアメリカで過去に実際に行なわれ、社会に多大な損害を与えて破綻していったものであるだけに注目されます。
ホリエモンが意図せずしてグローバリゼーションの矛盾点を浮き彫りにし、傍若無人なアメリカのやり方にブレーキをかける役割の一端を果たすならば、1700億円あるいは5000億円とか1兆円のお金は社会コストとして安いものかもしれません。しかも、この資金は国民の税金ではなく、フジテレビをはじめ、ライブドアという怪しげな会社を十分に知った上で投資している株主のお金ですから、しばらくは高みの見物を決め込むのもいいかもしれませんね。
「ホリエモンの錬金術」の一席、これにて幕引。
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ここで一句。
(暑中御見舞。先日NHKの教育TVで青山俊菫という尼僧の対談を拝聴。おだやかな語り口の中に深い思索と豊かな人生体験がにじみ出ており、思わずTVの前で最敬礼。床の間には、“無寒暑”の書。今一句、“厚着して今度の冬はウォームビズ”-伊勢崎、コロの主人。毎日新聞、平成17年7月5日号より。)
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